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僕の好きなアジア映画47: 人生タクシー

『人生タクシー』
2015年/イラン/原題:Taxi/82分
監督:ジャファル・パナヒ
出演:ジャファル・パナヒ

7月のことですが、こんなニュースが流れてきました。

ジャファル・パナヒ監督は以前からは反体制的な姿勢を糾弾され、20年間の映画監督禁止令に処されました。同時に脚本を書くことも、出国することも禁止され、映画製作の停止を余儀なくされていたのですが、今年また体制側を批判する公開書簡を出したことで刑務所に収監されたのです。イランは現在シーア派イスラム教政治制度を掲げる権威主義的な神権政治共和国であり、反政府的、民主主義的行動は厳しく排除されています。その中で映画制作も著しい制限を受けていることは想像に難くありません。また上映が禁止されている映画も少なくないようです。

この映画はそんな弾圧を受けているパナヒ監督が、自らタクシーの運転手となり、そこに乗車してくるイランの市井の人々との会話をゲリラ的にほぼ固定されたカメラで撮影したものです。しかし完全なドキュメンタリーではなく、しっかり仕込みをして撮ったものだとのこと。この映画で撮影された映像は、あくまで偶然カメラに映ったものであり、したがって映画ではないと言う体裁なのでしょう。

タクシーには様々な乗客が乗ってきます。金魚鉢を抱えた年配の姉妹、裕福な生活を送っている幼馴染、レンタルDVD宅配屋、女性の人権のために働く女性弁護士、そして監督の姪として登場する可愛らしい少女。彼女は学校の課題で映画を撮っています。しかし学校から提示された「上映可能な映画の条件」は、あまりにもナンセンスで我々の社会では(今のところ)あり得ないものです。描きたいことではないことを、馬鹿げた制約の元に描かなければならない、表現の不自由な押しつけこそがイランの現状がであり、如何にイラン映画が権力者による不当な弾圧を受けているかが、少女との会話から浮かび上がってくるのです。

パナヒ監督がまさに体を張って、イランの現実を糾弾する作品ですが、決して悲惨でも過激なものでもなく、登場人物たるテヘラン市民の表面的な日常は一見穏やかでユーモアに溢れています。むしろイラン当局が彼を不当に処罰することで、対外的にはその状況が彼をことさらに注目すべき存在と認知せしめ、結果的にイランの現状を広く世界に知らしめることになることは、実に皮肉な結果でもあります。

ベルリン国際映画祭金熊賞・国際映画批評家連盟賞。



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