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世界一のアボカド大国で、アボカドが買えない

「メキシコはアボカドの大生産国なのに、最近アボカドがどんどん値上がりしていて...」
そう教えてくれたのは、メキシコ州に住むルーシー母さん。旦那さんが買ってきた小粒のアボカドに眉を顰める。

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アボカドは食卓で料理をおいしくする「薬味」

ルーシー母さんは、夫と20歳前後の娘息子と4人で暮らしている。
この日の昼食は、大粒のとうもろこしに豚の頭などを煮込む「ポソレ」。ルーシー母さんはこの料理は大量に作る方がおいしいと考えていて、とうもろこし4キロと頭1つというスケールだ。

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この料理の仕上がりに欠かせないのがアボカド。料理自体はシンプルな塩味で、そこにアボカド・シラントロ・玉ねぎみじん・ライム・オレガノ・豚皮を揚げたチチャロン・サルサ...などを各人が加えて好みの味に仕上げるのがメキシコ流。トッピングというよりも、薬味の感覚に近い。

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スープの時にはアボカドとライム、屋台のタコスにはワカモレやサルサやライムなど、とにかく卓上に薬味がたくさん並ぶことが多くて、そのラインナップの中でも重要なものの一つがアボカドだ。アボカドは、メキシコの食卓に欠かせない食材と言える。

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メキシコ生まれの世界に誇る食材

ところで、アボカドはメキシコ周辺の中央アメリカ地域を原産とする。今も生産はこのあたりの国々に集中していて、中でもメキシコは圧倒的ナンバーワンの生産量を誇る。日本で売られているアボカドも、約9割がメキシコ産だ。

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日本でも需要は右肩上がりで、2008年から10年間で輸入量は3倍にもなった。さらに、日本だけでなく世界中で似た状況が起こっている。特にアメリカでの需要の伸びは顕著で、健康志向やヒスパニック系住民の増加、そしてスーパーボウルを観戦しながらワカモレを食べる習慣が定着したことが需要増加の原因とされている。うそのような話だけれど、本当にスーパーボウルの時期に需要がのびるのだ。同期間に一人当たり消費量は2倍ほどになり、いまや一人当たり年間3.8kgも消費しているという。

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ではアボカド農家が儲かって経済が潤っていいことばかりかというと、実は逆に様々な社会問題を生じてしまっている。

問題① 地元民がいいアボカドを買えない

同じものを作るならば、高く買ってくれるところに売るのが当然の選択。そこで大きくて高品質なアボカドは、日本やアメリカなどの国に輸出され、生産地の食卓には"残り物"しか行き渡らないという状況が起こっている。
「こんな小粒なのに1キロ40ペソ(約240円)。数年前はもっと大きくて半分くらいの値段だったのに」とルーシー母さんはため息をつく。

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問題② 水資源・環境問題

さらに深刻な問題は、将来にわたっていいアボカドが食べられなくなる可能性があるということだ。

筆頭に上がるのは、水資源をはじめとする環境問題。アボカドは、生育に多量の水を必要とする植物だ。1つの果実を収穫するために、約227L必要とする(1kgあたりにすると約2,000L)。トマトと比べると、アボカドは約20倍も水を飲む植物なのだ。

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(出典:CBC NEWS

一大産地のミチョアカン州はもともと多雨な地域なので、自給用に生産している分には天水だけで賄えるが、世界中に輸出するとなると話は別。灌漑のために大量の地下水が汲み上げられ、地盤沈下や土地の劣化が問題になっている。

問題③ 住民の立退

アボカドは水や気候の制約があり、メキシコの中でも生育可能地域が限られる。そこでミチョアカン州ではアボカド栽培に適した土地に住む住民が立退を要請されるという状況が生まれている。

問題④ 麻薬組織(カルテル)の新たな資金源

メキシコは麻薬取引が組織的に行われている国でもある。麻薬カルテルはコロンビアなどで生産された麻薬を北米はじめ世界の市場に運ぶことで資金を得てきたが、近年新たな資金源として目をつけたのが、アボカドだ
アボカド農家を訪れ、家族を人質にとり、土地や売り上げに対して手数料を支払うことを約束させる。従わないわけにいかない。ドラッグに代わる次の資金源という意味で、アボカドは"Green Gold(緑の黄金)"とも呼ばれる。

私は麻薬はやらないが、アボカドは食べる。私のアボカドの購入が、彼らの資金源になっているのだ。

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アボカドの未来

ところで、メキシコの市場で買ってくるアボカドは、木で完熟しただけあって、ねっとりして濃厚で甘みがあって非常においしい。これをスープやタコスに加えると、豊かな香りと脂肪分が広がり料理が格段においしくなる。

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世界中がヘルシーフードとしてアボカドを求めるようになる一方で、産地の土地や人の暮らしがヘルシーでなくなっている。牛肉を食べずにアボカドを輸入することは、果たして本当に"環境にいい"といえるのだろうか。考え込んでしまう。

たとえそうでないという結論になっても「食べるな」ということはできないけれど、メキシコの食卓にアボカドの小皿が乗り続けてほしいし、麻薬カルテルに寄付したくはないし、自分が買うアボカドのその先への想像力は持っていたい。

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