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【育児日記】冷凍食品禁止令

お弁当に冷凍食品を入れないで、と今年小4になる息子が言う。

冬休みで、学童に通っているちっちに持たせるためのお弁当作りをしている。母であるわたしには、毎日の苦行ともいうべく日々である。職場に持っていく自分の分のお弁当は割合どうでもいいのだが、子供のものとなるとわけが違う。

翌朝も早起きして二人分の弁当作り。早く寝たいし、早く寝てほしい。
眠る間際、少しでも早く寝かしつけようとおだてたり、またある日には「明日も早いからもう寝なさい」と憤りをぶつけたりしている時刻でもある。

ちっちは、わたしの隣に敷いた布団で寝ている。
一人部屋で寝る勇気はまだない。母もあんがいそうしてほしくない。
人に自立を促すくせに、結局母であるわたしはまだまだ子離れできない。
必要以上に顔を近づけたり、お尻を撫でたりすると「眠れなくなるからさわるな!」と叱られたりする。
そうかと思えば、ふざけてきたり、一日の話し足りなかった出来事や、なぜか本当に突然なんの前触れもなく思い出して浮かび上がってきてしまった記憶やお友達とのあれこれを説明しだし、それから息子はこれまた事前予告なしにふっと眠りに落ちるのだ。

そんなある日、いつもと変わらない睡眠導入のふざけた儀式のあとで、ちっちは急にまじめな顔つきになり、目と目、数センチのところであるセリフを口にしたのだ。

「お弁当に冷凍食品を入れないで」
ん? どうして?
だって。
だって?
おいしくないから。
あれは? 今日の唐揚げは。
あれはいいよ。お母さん作ったやつでしょ。最高!
ハンバーグも前の日作ったやつ入れたりしてるんだけど。
いいよ。そういうのはいい。だから冷凍食品だよ。

そうだ、そうだった。「おいしくない」の一言から、この日入れた手製の唐揚げに思考が飛んでしまったが、ちっちが言っているのは冷凍食品のことだ。

この間まで春巻きおいしいって言ってたじゃん。
んー。言ったっけ?
言ったからまた買ってきたんじゃん。
あ、あれはおいしい。でも、他のはあまり好きじゃない。
そうだったのか。でも、あんまり入れてないよ。できるだけ作ってるよ。
だけど、たまに入っているでしょ。それに薬品とかもいっぱい入っているんだよ。

コンビニ弁当や外で作られたものには保存料やら様々な薬品が入っている。
それで長持ちさせているんだ。色だってきれいでしょ。普通はすぐに色が変わっちゃんだよ。サンカっていって空気中の酸素が食材とくっつくと変色しちゃうんだ。
緑茶だって、あんなにいつまでも緑色をしているわけがあるまいよ。

そんな話を長々としているとき、ちっちはたいていさりげなく視線をそらし、意識は遠くへいっている。そんな顔をしている。だからわたしひとりがしゃべっていると思っていたが、いやいやどうして。しっかり聞いていた。

入れるおかずがなにもないとき、翌日から何も準備ができていないとき、とにかく疲れ果てているとき、前日カレーライスだったとき。そうめんだったとき。ラーメンだったとき。
しまった、と思う時がある。
唐揚げとかハンバーグなんかにしていれば、翌日の弁当の分も作り置きしておける。
だけど、本当になにもない日ってある。困ったな。
あはは。冷凍庫に、アレあるじゃん。
助かったー。これでスペースが埋まる。

でも、それではダメだと息子は言う。
世間では、昨今の冷凍食品は進化しておいしくなったと聞く。
まあ、確かにわたし自身、子供の頃に母親はめったに冷凍にしてもレトルトにしてもインスタント食品にしても、外で作られた加工食品一般を食べさせてくれなかった。わたしも母親の手作り料理が好きである。その影響も多分にあって、今でもふだんからなるべく加工食品の類は購入しない。
だが、お弁当用の冷凍食品のパッケージに書かれてある「自然解凍OK」の文字にわたしは弱い。とても魅力だ。チンするひと手間すらいらない。一緒に入れた他のおかずの熱も取ってくれるだろうし、衛生面からも強い味方と思っている。

冷凍食品はお弁当作りの救世主なのだ。長期休暇の学童保育に持参するお弁当は夏休みなら約1ヶ月、冬休みなんかでも2〜3週間もの長丁場なのだ。そんな頼れるアイテムを、なぜ働くわたしが使ってはならない?
悔しい。少しくらい頼らせてもらいたいものだ。わたしだってそんなささやかな幸せを享受したい。

ぽっかり空いた弁当箱の隙間に、一つくらいさり気なく投入するくらいどうということもないだろう。
息子よ。長い人生の中では、口に合うもの合わないものなどこれからいくらでも出てくる。好みのものだけが食べられるわけではない。気が合う友人、馬の合わない同級生、なぜ一緒にいるのかわからなくなるパートナーにだって遭遇するかもしれない。
だが、それも人生だ。お弁当の中に冷凍食品が、それが一つだけだった場合には目をつぶる。それが礼儀であり、相手に対する思いやりというものだ。

あとさ。
ちっちはさりげなく言う。
残りものもイヤだな。
ダメ押しがきた。
だがこの場合「残りもの」の定義がわからない。大人と子供の考え方に相違があるのだ。
あれは「作り置き」なのだ。そりゃあ、朝食にも登場したかもしれないが、あれは作り置きしたかぼちゃの煮物だよ。やや甘めに味付けした、水っぽくない当たりのホクホク系のかぼちゃ。
ダメかね? そういうのは。

少し言い訳を試みる。
あれはさぁ……

小さな小さな、ちっちの寝息が聞こえる。
無事に一日を乗り越えて、きちんと母の元に戻ってきたちっちの寝顔と寝息がそばにある。
柔らかそうなぽってりとした半開きの唇。閉じられたまつ毛は長く、ときおりふるえる。

手作りがいいと言われて心のどこかでニンマリとしてはいなかったか? 
しただろう。
誰かに囁かれた気配がある。
それがお前の弱さだ。
クククと笑い、その声は遠ざかる。

ややあって、わたしは息子の眠りを妨げないように静かに身を起こす。
冷凍庫から豚肉を解凍するためにそっと寝床を抜け出す。

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