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ラディカル・フィールドワーク番外編:今度、本が出ます

 前回の投稿から、しばらく間が空いてしまいました。
 前期の成績登録だったり、9月頭の経営哲学学会の学会報告準備をしていたり、やはり9月上旬締め切りの科研費に応募するネタを考えたり、膝蓋骨亜脱臼で動けなくなってしまったり、ケトジェニックダイエットに挑戦していたり、色々忙しく過ごしていました。

 とはいえ、このお休み期間、一番時間をかけていたのは、2月に入稿した本の原稿の校正作業でした。
 今度出る本は、『婚活戦略』という本です。この本は、2020年に発表した「増大するあなたの価値、無力化されえる私」(日本情報経営学会誌)、「新興市場でのオートエスノグラフィー:婚活市場において商品化される私」(経済経営研究)をベースにして、この二本の論文では上限文字数の都合や論理展開の関係で入れることのできなかったエピソードと、婚活に関する先行研究に関する論考、婚活市場にかんする分析と提言を、経営学の視点から加筆して、単著としてまとめたものになります。論文には無いエピソードが入っているだけでなく、レビューパートから結論まで、全体の論理構成を最初から組み直して書いているので、論文とは別物になっていると思います。
 『婚活戦略』は経営学者として婚活という現象に迫る、真面目な研究書です。一般の方にも読みやすい、研究書と名乗るには異例の文体で執筆をしています。ゲラの構成を手伝ってもらった学生や院生の方からは、「これを書いた先生の気持ちを考えると泣けてくる」、「寝るのを惜しんで最後まで一気に読んだ」、「論文の締め切りに間に合わなくなるので、一度読むのをやめました」等と、概ね狙い通りの反応を得られたという手応えがあります。
 現在、担当編集の方と、もう少しキャッチーなサブタイトルをつけるって話し合いをしていますが、タイトルはこれで変わらないはずです。最初に出版社に持ち込んだときは、『44歳大学准教授が婚活してみた』という、ちょっと前のライトノベルのようなタイトルを考えていたのだけど、研究書として書いていますのでそれは自重しました。そのうち、発売日と書影が決まりますので、その際にご連絡致します。

 さて、これから出る本の宣伝はこれくらいにして(笑)。
 今回の本は、婚活という、家族社会学やジェンダー論の先生が切り開き、議論を積み重ねてきた研究分野に、経営学者が研究書を書いて世に問うという時点で無謀な挑戦です。専門の方々からすると、観客席からリングにいきなり上がってきて後ろから殴られたので振り向いてみたら、ボクシングの試合なのに日本刀を持って奇声を上げる狂人がいた、という感じだと思います。日本刀を振り回している狂人であることは間違いないので、その点については申し訳なく思います。
 同時に、この本を書くにあたって私が試みた、2つのチャレンジは、僕がフィールドワークを長く続けてきた必然から生まれたものでした。
 一つのチャレンジは、オートエスノグラフィーを実施したこと。
 エスノグラフィーにも依拠する理論(構造主義だったり現象学だったり)によって現象への迫り方や分析の仕方、記述のあり方について色々ありますが、最大公約数的に言ってしまうと「研究者」として現場に赴き現場を理解して論文を書いていく方法論だと思います。
 それに対してオートエスノグラフィーは、似て非なるものです。「当事者」として現場に在り、「研究者」として論文を書いていくという方法です(詳しくは「増大するあなたの価値、無力化されえる私」に、この方法論についてもう少し詳しく書いていますので、そちらを参考にしてください)。

 なぜ、そんなことをしたのか。

 私が専門とする企業家研究は、イノベーションを企業家という主体を起点として、分析していく研究領域です。彼らがいかに新規事業のアイディアを見出し、アイディアを実現するための資源を集め、新製品や新サービスを顧客に届け、収益を獲得していく経路を構築していくのか? 
 僕はこれまで、社内ベンチャー、ITベンチャー、中華街、インキュベーション施設、産学連携、6次産業化など、これまで沢山のフィールドワークを経験し、企業家、社会企業家の方と対話し、彼らがどのような世界で生き、どのように行動してきたのかを、論文として発表してきました。
 同時に、起業とかイノベーションを研究対象とする研究者として、どこか埋められない欠落を感じ続けてきました。
 それを端的に表現してくれている論文が、Steyaert(2007)の”Of course that is not the whole (toy) story: Entrepreneurship and the cat's cradle”という論文です。

 企業家が「何をしているのか」を追い求めている限り” that is not the whole (toy) story”なのです。起業とは、投資するエンジェルやベンチャーキャピタル、それぞれの事情で企業家に協力しようとする仲間、これまた何らかの理由で未知数の商品を手に取り、時にはそれを広めようとする顧客、更には彼らと敵対する商売敵や、その成功を踏まえて模倣や差別化を図るフォロワー企業といった多様な人々との、関係的実践として成立しています。
 エンジェルやVC、商売敵やフォロワーとの関係に焦点化した論文はすでにあるのですが、企業家の活動が、消費者にいかに届くのか、ということについては一方で正当性概念のもとで問答無用に消費者が服従してくれる根拠を企業家に与え、他方でイノベーションにセンシティブに反応する消費者を都合よく用意することで、都合よく説明されてきた側面は否めません。
 本来、このような消費者目線のイノベーションについては、マーケティング論の範疇に入るのかもしれません。しかし、企業家研究の研究者として、企業家が仕掛けていく仕組みが、いかに消費者を形成していくのかを捉えていくことなしに、企業家研究の”Whole Story”は完成しない、と考えてきました。
 じゃあ、自分が経験するのが一番じゃないのか。婚活が、我が国固有のイノベーション現象であることに気づいたとき、「結婚したいなぁ」という私人としての僕と、「これチャンスだぞ」と囁く研究者としての僕が、完全に一致してしまいました。そこに、これまた、たまたまオートエスノグラフィーという方法に出会ってしまい、そこからはあっというまに、私人である僕を、研究者である僕が研究のコンテンツとして切り刻み、解剖して晒し上げるという論文と本を書き上げてしまいました。
 研究としては挑戦的かつ挑発的です。同時に、自分自信をコンテンツとして論文化してしまうことは、漫画で似たようなアプローチをしている、桜玉吉さんや永田カビさんのように、少し危険な水域に自分が足を踏み込んでしまったという気もします。

 2つ目のチャレンジは、社会科学に携わる研究者として、はじめて明確に社会に介入していくことを意図した書籍を書いたことです。
 2010年代の企業家研究が、○○企業家という新概念をコンセプチャルに提示していくことで、社会問題への介入とより良き社会の実現を、起業という行為から実現していくことを目指す運動的な研究領域への転換を目指していること。オートエスノグラフィーという方法が、ジェンダー論やセクシャリティの分野で積極的に利用され、当事者性を武器に社会問題に切り込んでいこうとする狙いがあること。その2つに、婚活という研究者が少子化対策のために提唱された概念が、同時に婚活市場という巨大産業を生み出しまったこと。そして、僕自身が研究者として、学問的にも社会的地位的にも、中堅時代を終えつつあり、ベテランと言って良い立場を得つつあること。
 このタイミングしか無いという覚悟をもちつつ、おっかなびっくりで、読み手の心と体に介入していく本として、『婚活戦略』を書き上げました。
 オートエスノグラフィーという方法は、その介入のために、読み手の感情を揺さぶる文体で書くことを、研究者に求めます。だから、読み手が「驚き」、「怒り」、「笑い」、「悲しみ」、そこから、社会を、学問を、自身の生活を、過去から振り返り、未来に向けて行動していくように、いろいろな仕掛けを入れて書きました。

 改めてゲラという形で客体化された原稿を読みなしたとき、自分自信の経験であることを超えて、面白いと思いました。長らく論文を書いてきましたが、このような経験は初めてです。
 同時に、この本を世に出すことで、否応なく読み手の「感情」と向き合い、僕自身が「婚活戦略の作者」としてコンテンツ化されていくことを避けられないとも思いました。今は、そのコンテンツ化され、消費されていく私まで含めて体験し、ゆくゆくはその体験までを本として発表していくことを夢想しつつ、発売を待っています。

 まあ、全く売れない可能性も高いわけですが(笑)。
 土日の空き時間で一気に読める分量・文体で書いておりますので、ご関心を持っていただいた方は、Amazonや書店で見かけたら、手にとっていただければ幸いです。

 

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