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日本神話と比較神話学 第三回 天の工匠と最初の女 タカミムスヒとトヴァシュトリ

0 はじめに


 タカミムスヒは日本神話の始原神(もっとも最初に現れた神々)である造化三神の一柱である。アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カミムスヒら造化三神は古事記、日本書紀・一書(四)、古語拾遺などの古典中に登場し、天地開闢の際に高天の原に出現しそのまま「隠身也」(「身を隠したまいき」)とされる。中でもタカミムスヒ、カミムスヒは(隠身とされるように)地上世界に顕われることなく使者を通じてしか干渉しないにも関わらず、大国主神の迫害の際の復活・幽界への退去や天孫降臨に大きな影響を与えている。
 タカミムスヒはまた皇祖神(王権の祖先にあたる神々)とされ、日本書紀・顕宗天皇三年条に日神よりの「我が祖高皇産霊預ひて天地を鎔ひ造せる功有します」という託宣より、天地創造の神々としての性質も指摘されている。(平田篤胤「霊の真柱」)
 上記のようなタカミムスヒの創造神的神格及び記紀神話における王権神話への関わりの強さから、本来は天照大御神とは別系統の王権神話の主神(皇祖神)であるという説が唱えられている。日本の神話学者・三品彰英は古事記および日本書紀の本文・異伝を比較考証し、高天の原の神々の命令で地上世界(葦原の中つ国)の王となる神が降臨する天孫降臨の神話に、天照大御神が降臨を命じる神話とタカミムスヒが降臨を主導する神話の二系統があり、タカミムスヒが皇祖神として活躍する後者の神話が原初的なものであると考察している。民族学者の岡正雄もタカミムスヒを主神とする天上から地上に降りる神という垂直的な秩序を軸とする神話体系は高句麗の神話と共通するものであり、天照大御神のような日神が活躍する自然神話(自然現象の神格化)に加上された(後から付け加えられた)別系統の政治神話であることを示唆している。歴史学者の溝口睦子は上述の議論を踏まえ更にタカミムスヒを東アジア地域の神話に現れる、創造神としての製錬・鍛冶の神(「天地造鎔」)と共通する神格であると論じている。
 これらのタカミムスヒは本来の高天の原の主催神・皇祖神であり、地上世界の王として天から降ってくる天孫ニニギノミコト(ニニギ)は元々の神話では天照大御神と系譜上つながっていなかった、という議論は上記以外にも多くの学者に受容されており、ほぼ通説となっているといってよい。

 本論は以上の通説(皇祖神交代論)に対して、比較神話学的観点から異論を展開する。
 具体的にはタカミムスヒの神格はインド=ヨーロッパ系統の民族の伝承する神話に見られる「天上の職人」と共通するものであり、またこの「天上の職人」には「最初の女」≒「最初の男の配偶者」であり「最初の人間の子」を産む「娘」がいるという伝承が確認できることを指摘する。
 それによって明示的にせよ暗黙的にせよ通説が前提としている、「天照大御神の子・オシホミミとタカミムスヒの娘ヨロヅハタトヨアキツシヒメの間に生まれた子供が天孫・ニニギであるという系図は、記紀神話の述作者による造作(本来別系統の天照大御神神話とタカミムスヒ神話の作為的な結合)である」という議論が成立しないことを確認する。

1 天の職人トヴァシュトリ

 インド神話の「天上の職人」、トヴァシュトリ神はヴェーダ時代にさかのぼる古い神格であり、他のヴェーダの神々同様様々な性格を持つ。天上の王であるインドラが蛇ヴリトラを殺害する際に武器ヴァジュラを与えたといわれる一方、蛇ヴリトラは三頭を持つ息子トリシラスをインドラに殺されたトヴァシュトリが我が子の復讐のために生み出したともいう。ヴァジュラをインドラに与えたように、トヴァシュトリは神々の祭具の製作者、「天上の職人」でもある。他にもリグ・ヴェーダでは「胎盤の主」としても言及されている。またトヴァシュトリは原初巨人プルシャや創造神ヴィシュヴァカルマンとも同一視されている。
 以上の伝承のほかにトヴァシュトリは、最初の人類の出現にもかかわっている。
 インド神話では最初の人間はヤマ(およびその双子の妹・ヤミー)である。ヤマはまた、最初に死んだ人間でもあり、死後は死者の王として楽園に君臨したとされる。このヤマはリグ・ヴェーダではまた「ヴァイヴァスヴァットの息子」とされるが、これはゾロアスター教の聖典アヴェスターでは「ウィーワフワントの息子」とイマが言われていることと対応している。このヤマ=イマはインド=ヨーロッパ系統の民族の分岐以前の原神話にさかのぼるとされる神格で、北欧神話の原初巨人ユミル(神々の主神オーディンとその兄弟たちによって殺害されその死体から天地が創造された)とも同源であるともされる。そしてヤマの父とされるヴィヴァスヴァットは「遍照者」とされ、太陽神スーリヤと同一視されている。
 このヴィヴァスヴァットの妻であり、ヤマ・ヤミーの母とされるのが「天上の職人」トヴァシュトリの娘、サラニューである。このサラニューには奇妙な神話がある。(RG10.17.1他)
 トヴァシュトリは娘サラニューをヴァイヴァスヴァット(スーリヤ)に嫁がせた。サラニューは最初の人間ヤマ・ヤミーの双子(そして伝承によっては、現代の人類の祖先となるマヌも)を産んだ。しかしヴィヴァスヴァットの輝きに耐え切れずサラニューは自分に似たものを残してヴィヴァスヴァットから隠れた。自分のもとにいるのがサラニューでないことに気づいたヴィヴァスヴァットは牝馬に化けたサラニューを見つけ自らも馬になりサラニューと交わり、サラニューは双子の馬の守護神アシュヴィン双神を生んだ。
 解釈の難しい点や遺伝もあるが、おおむね、上記のようにインド神話では「天上の職人」トヴァシュトリは「最初の人間の子」を生む「最初の女」サラニューの父親でもある。
 同様の神話は他地域にもみられる。ギリシア神話では「最初の女」とされるパンドーラ―を土くれから作ったのは「神々の職人」ヘーパイストスである。
 以上の議論を踏まえ日本神話の神格・タカミムスヒの性格を検討する。

2タカミムスヒとトヴァシュトリ

 斎部広成が著した古語拾遺では記紀に現れないタカミムスヒおよびカミムスヒの系譜の記事が出てくる。それによれば中臣氏の祖・アメノコヤネはカミムスヒの子であり、斎部氏の祖フトダマはタカミムスヒの子である。フトダマに率いられた斎部の神々は天岩戸の神話では祭式に用いる祭具を製作する氏族の祖であった。(一方で中臣氏の祖・アメノコヤネは神事・儀式の主催者である)また、大国主の国譲りの神話では、使者を通じて大国主神の言い分に感じ入ったタカミムスヒは、現世の事は皇孫が主宰し神事(幽冥界の統治)は大国主神に任せると約束し、さらに現世を退いた大国主神のおさまる天日隅宮(宮殿)の建築を指示した。これら(祭具・宮殿の造作の主導)よりタカミムスヒが「天上の職人」の職人の性格を持つと推察される。
 また、タカミムスヒは天孫降臨において天降る嬰児(赤ん坊)のニニギを「真床覆衾」で包んだという奇妙な説話がある。真床覆衾とは通説では寝具と見なされているが、この場合嬰児を包む産着のようなものと考えられる。そうならば象徴的には真床覆衾は胞衣と等しいと思われる。「真床覆衾」を天孫に与えるというタカミムスヒの神格は、胎盤を保護する「胎盤の主」と称えられるトヴァシュトリと共通するものだろう。
 さて、このような「天上の職人」(そして「胎盤の主」)であるタカミムスヒは「最初の人類」(地上に降り立つ天孫)を生む「最初の女」ヨロヅハタトヨアキツシヒメの父親である。
 ここでタカミムスヒを含む日本神話の人類出現(天孫降臨)神話と、トヴァシュトリを中心としたインド神話の人類出現神話の系図を対比しよう。
 天照大御神の息子アメノオシホミミ(古語拾遺では天照大御神によって「脇子」といわれるほど大事に養育されている、ある意味では太陽神の分身)と、タカミムスヒの娘・ヨロヅハタトヨアキツシヒメから最初の人類であるホアカリとニニギの兄弟が生まれる。(ニニギの兄ホアカリの系譜については異伝が多いがここでは古事記の記述を採用する)ニニギの系譜から地上の王権が生じる。
 一方で女神アディティの子たちアーディティヤ神群に含まれる太陽神スーリヤと同一視されるヴァイヴァスヴァットと、トヴァシュトリの娘サラニューの間から最初の人類であるヤマ・ヤミーの双子と、マヌの兄弟が生まれる。マヌの系譜から現代の人類が生まれる。
 以上をまとめると下記の図になる。

日本神話とインド神話の最初の人間の系図の比較

 このような系譜的関係の対応を考えると、皇祖神交代論・系譜接合論は成立しがたいように思われる。(皇祖神交代論はそれが前提として想定する神話造作前の原・系譜があいまいであることに問題を抱えている。)

3おわりに

 最後にタカミムスヒの対偶神として考えられているカミムスヒの神格を考察する。上記でもふれたようにタカミムスヒから祭具製作氏族(忌部氏)が出るように、カミムスヒの系譜からは神事主宰の氏族(中臣氏)が現れている。他に神話としては、
(1)大国主神が兄弟の神々(八十神)との争いで死んだときに、大国主神の母親の神の訴えに応え、貝の女神二柱を遣わして生き返らせている。
(2)提供された料理が排泄物だったためスサノオがオオゲツヒメを殺害した時、オオゲツヒメの死体から生じた五穀の種子を取り出した。
(3)国譲りの交渉が終了したのち、天津神と国津神は和解の場で杵築宮を建て料理を作り火をおこしその煙が高天の原のカミムスヒの真新しい宮殿にまで届くように歌い上げる。出雲国風土記・楯縫郡・総記の記事のカミムスヒの詔勅に「自分の宮殿と同じような宮殿を大国主神に造って差し上げろ」とあることと関わると思われる。
 以上よりカミムスヒは豊穣(医療・料理)に関わること、また天上に宮殿を持っていることが強調されていることがわかる。タカミムスヒが宮殿の建築を主導するように、カミムスヒは宮殿の管理者としてとらえられているのではないか。これは忌部氏と中臣氏の祭儀への携わり方の違いに対応している。
 比較神話学的にはギリシア神話の竈の女神ヘスティアーが近い性質を持つ。その名前が「炉・囲炉裏」の意味を持つヘスティアーは、囲炉裏が家の中心であるために、実際には神殿(神々の家)の女主人であり、神話での存在感の希薄さに対して、各都市の神殿や家庭での儀礼においては重要な意味を持つ神格であった。火で焼かれた食べ物は彼女に捧げる分け前があった。
 これは天津神・国津神がおこした火の煙が天上のカミムスヒの神殿に届けられるのと同様である。これらの神格が料理の火に関わるのは神殿の管理者としての一側面であろう。
 エジプト神話のハトホルも、あるいは同様の神格であったかもしれない。多くの女神と習合したためにその性格はあいまいとなっているが、高位の神格であるらしいこと、その名前が「天空は我が家」とも解釈できることから、「天の宮殿の主人」たる痕跡がうかがえる。
 いずれにせよ「天の宮殿の主宰者」や「天の宮殿の建築者」といった神格は造化三神に含まれる神々の世界創造神としての側面が顕われたものといえるだろう。


参考文献

工事中

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