瞑想の手法からみる水墨画
瞑想のプロセスは多様。中でも代表的な「気づきの瞑想」と言われるヴィパッサナーと「集中瞑想」のサマタ、これらのアプローチは違う。
ヴィパッサナーは刻一刻と変化する体と心の仔細な感覚に気づき、その変化を評価せず観察し続ける実践。気がついては手放す、この繰り返しが特徴的。
サマタは、呼吸などの一つの対象に意識を集中する姿勢でもって、心の揺れをとめる。
この2つの瞑想の視点から、水墨画の制作過程に言及してみます。
まずヴィパッサナー。紙と墨の関係、濃淡、筆の軌跡、身体運び、すべてが観察対象。結果を操作しすぎず(厳密には操作しきれない部分が常に同居し続け)、偶然性や意図の変化、進行を観察し続ける。瞬間の連続としての軌跡が残る。
次にサマタ。描くという行為自体そもそもサマタのようなもの。呼吸、筆先、または動きに集中する。一線一線の集中状態は意図的でありつつ、自然の流れにのる。没入感へと移行する。
具象と抽象を描く時で、自動発火するサマタとヴィパッサナーのパーセンテージに変化がある気がしているし、さらには自覚的に変化を持たせるようなトライも面白そう。
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