【創作】揺らぎ
肌寒く感じる季節は足早に通りすぎ、外に出れば肌を刺すような痛みが冬の寒さに形を変えて襲ってくる。
夜から明け方となればさらに冷え込むというのに、繁華街には人が集まっていた。その様子を遠くから眺めている私もまたその1人なのだが、夜の魔力には逆らえない。
大通りから外れた路地にひっそりとある目当ての店に行く途中で、男性の2人組を見かけた。
もしかしたら同じところに行くのかもしれない…
そう思いながら歩いていると、予感が的中した。店員に3人連れだと思われないように注意して距離をとる。
店内はバーとは思えないほど明るく、女性1人でも入れそうな気楽さがあるためかカウンターには女性客も多い。
週末の夜の店内は混雑していて、先ほど前を歩いていた男性客の隣の席に案内された。
盗み聞きするつもりはなくとも肩が触れ合いそうな距離で1人飲んでいれば、なんとはなしに会話が耳に入ってくる。
「このとき楽しかったよなー!」
「なあ、これから誰か女呼ぶ?それとも別なとこ行く?」
「いいねえ!いい店知ってる?」
私より10歳は年下であろう彼らは、まだ大学生か社会人になってから2、3年といったところだろう。同じ店に入ると知ったときに少し期待してしまった自分を殴ってやりたい。
「あれは絶対付き合えましたよ!どう見ても両思いでしたって!」
「わかってたよ俺だって!」
そういった店に移動するのかと思いきや、クラフトビールを片手にずっと昔話に花を咲かせていた。
上手くいくはずだった恋の話を肴に飲む酒は、果たして本当に美味いのだろうか?
この店は店内禁煙のため、煙草を吸うためにはいったん外に出る必要があった。今ではあまり見かけなくなった細長い灰皿がぽつんと店の前に置いてある。
寒さに震えながら煙を燻らせていると、2人組のうちの1人が煙草を吸いにやってきた。女と上手くいかなかった方の男だ。
ずっと話を聞いていて、どうしても聞きたくなったことがあった。
「ねえ、なんでいかなかったの?」
「ああ、聞かれちゃってました?」
軽く笑いながら彼は言った。
「たぶん、幸せだったからだと思います。でも今が楽しすぎて、先のことまで考えてなかったんでしょうね。」
「そっか。」
2人でただ黙って煙草を吸った。いつでも手が届くと思っていたものは、手に入らなかった。
彼より先に店内に戻り、身体があたたまってから店をあとにした。昔話を繰り返しながら酒を飲む彼らは、あの頃と同じように楽しそうだった。
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