小さな大冒険
当時4歳。
私は両親とともに、自宅から車でおよそ15分先のスーパーマーケットへ出かけていた。
そこはちっちゃな複合施設のようになっていて、スーパー以外にアパレルショップや雑貨屋、ドラッグストア、その他様々なお店が寄せ集められていた。
私と両親は本屋を訪れていた。
店内に入ると、私はとあるコーナーで立ち止まった。
そこには、さくらももこさんのエッセイが平積みされていた。
「お母さん!ちびまる子ちゃんの本がある!!」
そう、振り向いたときには、既に両親の姿が消えていた。
「あれ!?お母さん!!」
そう口走ると、私は店内をグルグルと回り始めた。
それほど広くない店なのに、いくら探しても両親の姿は見つからなかった。
「お母さん!!お父さん!!」
心細くて泣き出してしまいそうになった。
けれど、私はその涙をグッと堪えた。
『もしかしたら、お父さんとお母さん、私に気づかずに帰っちゃったのかも』
私は力強く手を握りしめると、決心したように顔を上げた。
ここから家までは一本道。
この複合施設には何度も訪れていた。
『お家に帰ろう!私なら大丈夫!!』
そう決意した私は、不安を打ち消すように力強い足取りで本屋を出た。
天気は曇りだった。
風もなく、雨の気配もない。
自宅までは一本道。
車ではおよそ15分の距離だけど、4歳の子供の足取りでは道のりは遥か遠くに感じた。
頭の中でシンバルが鳴なっていた。
私にとっての大冒険が始まった。
誰にも頼らず、自分の意志と心強さを信じてずんずん道を歩く。
途中で大きな横断歩道があった。
私は保育園で習った通り、青信号で左右を確認し、勇ましく手を上げて横断歩道を渡りきった。
胸がドキドキした。
『なんだ。私、ちゃんと出来てるじゃん!』
私は自分が誇らしくなった。
ちょっとずつちょっとずつ、自宅が近づいていく。
どのくらい掛かったかは覚えていないけど、当時の私にとって、遥か遠い道のりを私は歩ききった。
私は団地の5階に住んでいた。
エレベーターはなく、5階まで階段を登っていく。
家には父と母がいるはず。
そう信じながらも、どこか祈るように足早に階段を一段ずつ登る。
ようやく5階に着いた時。
ドアノブを回すと鍵が閉まっていた。
私の胸の中で、たちまち暗雲が立ち込めていく。
私はチャイムを押す。
「ピンポーーーン」
「・・・・・」
みるみる不安が広がる。
「ピンポーン、ピンポンピンポーン」
「・・・・・」
ガチャガチャとドアノブを回す。
家の中には明らかに人の気配がない。
もう限界だった。
「おかあさーーーんっ!!!」
堤防が決壊するように、不安と悲しみが押し寄せて、私は火が付いたように泣き出した。
「美咲!?」
父の声がした。
驚いたように父が階段から姿を表した。
「いくら探してもいないから、もしかしたら家に帰ったんじゃないかと思って、お父さん帰ってきたんだ。」
涙が引っ込んだ。
「お母さんは?」
「お母さんはまだ買い物をしている」
私はがっかりした。
父ではなく、母に迎えに来て欲しかった。
迎えに来てくれて安心したけど、私は正直父が嫌いだったから複雑な気持ちになった。
ちょうどお昼時だった。
30分後くらいに母が帰ってきた。
「みーちゃん、お母さん探したんだよ。でも、もしかしてと思って。本当に1人で帰ってきた。」
「だって、お父さんもお母さんも見つかんなかったんだもん。帰っちゃったと思ったんだもん。私、ちゃんと横断歩道で手を上げて渡ったよ!1人で帰ってこれたよ!」
父と母は本当に驚いていた。
娘が無事に家に返ってきた事実に安堵していた。
父と母は怒らなかった。
ただただ心配して、そして安堵するばかりだった。
その日のお昼ご飯はインスタントの塩ラーメンだった。
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