【考察】「アンナ ディレクターズカット版」※ネタバレあり
こちらの記事ではAmazon Prime Videoで配信されている「アンナ ディレクターズカット版」を考察しています。ネタバレを含みますので、まだみていない方は本編をみてから読むことをオススメします。
また、Amazon Prime Videoでは「アンナ(全6話)」と「アンナディレクターズカット版(全8話)」が配信されています。記事中で紹介するシーンは「アンナディレクターズカット版」を元に書いていますので、「アンナ」の方をみた!という方は「アンナディレクターズカット版」を合わせてみることをオススメします。
「アンナ」の方が先に出てくるし、サムネイル画像も目立つのですが、黄色の枠で囲ってある「ディレクターズカット版」推奨です。
「アンナ ディレクターズカット版(全8話)」を推奨している理由は、「アンナ(全6話)」は配信会社のCoupang Playが監督の意に反して編集いるからです。騒動の真偽はわからないのですが、監督と制作陣の意向を尊重して、「アンナ ディレクターズカット版」を推奨します。
この件について深く知りたい方は、こちらの記事をご参照ください。
すでに「アンナ ディレクターズカット版」を鑑賞されていて、アンナのことが頭から離れない方、一緒にアンナの余韻に浸りましょう^^
1. 原作と脚本・監督について
1-1. 「アンナ」の原作
原作は韓国小説の「親密な異邦人」(著:チョン・ハナ)です。こちらは残念ながら日本語訳がされていないようです。読まれた方がいましたら、是非あらすじと感想を教えてください。^^
1-2. 脚本と監督について
脚本はイ・ジュヨン監督。監督は前述の原作に「リプリー症候群」の要素を加え、3年8ヶ月かけて脚本を執筆しています。設定や登場人物の人物造形がよく練られていて、ひとつひとつのシーンやセリフに見応えがあります。
イ・ジュヨン監督は、映画に携わる前にCMやミュージックビデオの監督を10年ほど経験されています。その後、韓国芸術総合学校で映画を学び、いくつかの短編映画を制作。2016年公開のイ・ビョンホン主演映画「エターナル」で長編映画デビューをしたようです。長編の商業映画は「エターナル」のみので、「アンナ ディレクターズカット版」が初めてのドラマ作品のようです。
余談ですが、映像や音楽が全編を通して美しいな……と感じる作品は、CM制作の経験がある監督が多い気がしています。「ビューティ・インサイド」(2015年 ペク・ジョンヨル監督)など。
短い時間で視聴者の印象に残るために映像・音楽・キャッチコピーなどをフル動員することに慣れているためでしょうか……
「アンナ ディレクターズカット版」も、設定や映像、セリフに徹底的なこだわりが感じられました。
2. リプリー症候群とは?
2-1. リプリー症候群の由来
物語の題材となっている「リプリー症候群」は、米国の小説「The Talented Mr. Ripley 」(Patricia Highsmith, 1955年)という小説に出てくる主人公「トム・リプリー」に由来すると推定されています。
この「トム・リプリー」はその後、映画「太陽がいっぱい」(ルネ・クレマン監督 1960年)として映画化され、大衆の間で「リプリー症候群」が話題となりました。
2-2. 「リプリー症候群」は医学的に存在しない
実はこの「リプリー症候群」は、医学的に証明された病気ではないようです。
医学的にリプリー症候群が存在しないと言われている理由は、ついた嘘を真実だと固く信じる人が現実に存在しないから。あくまでも、小説や映画などの創作物が生み出した造語です。
それでも、韓国ではリプリー症候群が本当にある病気だと認識している人も多いようです。特に、2015年に実際に起こった天才少女事件のこともあり、各種媒体が「リプリー症候群」を取り上げたことから、韓国新造語とされているようです。能力よりも学歴や経歴が重要視される韓国社会ならではとも言えるのではないでしょうか。
「アンナ ディレクターズカット版」の主人公アンナは、劣等感と被害意識に苦しみ、繰り返し嘘をつきますが、彼女は自分のついた嘘に罪悪感を持っており、善の心を失ったわけではありません。
アンナ役を演じた俳優のぺ・スジさんは、リプリー症候群の女性を演じるにあたり心理学の専門家に話を聞きに行って役作りをしたそうですが、『アンナ』制作発表会のインタビューの中でこう回答しています。
うーん……!「リプリー症候群」自体が医学的に証明されていない病気とは……^^; 調べれば調べるほど興味深いですね……
3. 音楽に込められたメッセージ
「アンナ ディレクターズカット版」ではクラシック音楽が多く使用されています。その曲が持つ意味も合わせてそのシーンを見ると、ゾッとしてしまうくらいの隠れたメッセージが込められています。音楽監督、お見事です…!素晴らしいプロの仕事です。
3-1. きらきら星変奏曲
物語の軸になる曲のひとつです。
幼少期のユミがピアノで弾く「きらきら星」。物語の要所要所や各回のオープニングに不穏な「きらきら星」が流れます。
こんなに繰り返し流すからには、何か意味があるのだろうと思い調べてみたところ……
「きらきら星変奏曲」ハ長調 K. 265はモーツァルトが作曲したピアノ曲ですが、原題は『フランスの歌曲「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲』です。(長いですね^^;)
大元はフランスの歌曲で、その歌の元となった"La Confidence naïve"という詩があります。この詩は娘が母親に恋心を打ち明ける詩なのですが、その詩の内容がユミのストーリーと重なります。
「ああ、お母さん!私踏み外しちゃった。彼の胸に飛び込んじゃった」
この詩を見て鳥肌が立ちました。ユミが高校を退学することになってしまったきっかけ……
それは、音楽教師との交際がバレてしまい、さらにはその音楽教師が保身に走り、ユミのせいにして責任逃れしたことですよね。
その後ユミは親元を離れてソウルで下宿することになり、受験に失敗。両親に心配をかけまいと嘘をついてしまうことになるのですが、その大元の原因となったのは、失恋と裏切られたことにある思います。
そして、「ああ、お母さん聞いて」という言葉に何か引っかかりませんか……?
そう、ユミのお母さんは耳が聞こえません。
「お母さん聞いて」といくら叫んだとしても、ユミの声はお母さんには届かないのです。(怖……)
【8/30追記】
Twitterでご指摘いただきましたが(ありがとうございます!^^)、ユミのお母さんは話すことはできないけど、耳は聞こえているようですね…
ユミとお母さんが電話で「わかったら2回叩いて」と言っている場面がありました。手話で話している=耳が聞こえないとはやとちりしてしまいました^^; お店の電話にも出ているようですし。
完璧に聞こえているなら手話は演出?(後にアンナになった時に手話が生かされるシーンがあるから?)障がいの程度があるのかも?私もまた本編を見つつ調べてみようと思います!^^
また、ユミと母親の関係を見ると、ユミにとって母親は「愛をくれる人」であるとともに「守るべき人」であった思います。特に父親が亡くなってからはユミが仕送りしたり、お母さんがアルツハイマーになったことでまたコミュニケーションが難しくなります。
素性を隠しているので結婚することもお母さんには話せない……一番話したい人なのに……という思いもきっとあるのでは。
1話冒頭では雪の中にアンナが一人佇み、「きらきら星」が流れます。そして、最終話のエンドロール!最初は「エスメラルダ」なのですが、途中から「きらきら星」に切り替わって「きらきら星」で終わります。
ユミは最初から最後までずっと「お母さん、聞いて」と語りかけていたのではないでしょうか。
さらに、これも憶測に過ぎないのですが、ヒョンジュの娘の名前は「Stella(星)」です。ヒョンジュが亡くなってしまったので、Stellaが「お母さん、聞いて」と言っても、その声もまたヒョンジュには届かないのです……
名前の設定に意図を感じずにはいられません……
3-2. エスメラルダ
バレエ楽曲「エスメラルダ」は、作中では「きらきら星変奏曲」と同じく物語のテーマ曲とも言えます。
「エスメラルダ」は、パリ・ノートルダム寺院周辺を舞台に繰り広げられる、美しいジプシー娘のエスメラルダと、彼女を取り巻く3人の男との愛と憎しみの物語です。エスメラルダの物語がユミの境遇やラストでの演出にリンクしているのです。
「エスメラルダ」は1話でユミがバレエのコンクールで踊っていたり、ラストの事故のシーンでも「ノードルダムの鐘」のあらすじがラジオで流れています。
エスメラルダの考察はTwitterの皆さんの解説が素晴らしいのでぜひTwitterで「アンナディレクターズカット版」の感想や考察を検索してみてください^^
3-3. ボレロ
「ボレロ」が流れるのは4話のユミと実業家のチェ・ジフンの結婚式。しかし、ボレロはどうやら結婚式で流すような曲ではなさそうです。
観客が「この曲は異常だ」と言うような曲を結婚式のシーンで流すとは……^^;
Twitterでのみなさんの感想にもあるように、小さな嘘から深みにハマってしまうユミ/アンナの人生、逃れたくても逃れられずに付きまとってくる嘘と重なりゾッとしますね……
3-4. 第九
「アンナディレクターズカット版」8話で、チェ・ジフンの死亡報道と葬儀のシーンで流れるベートーヴェンの交響曲第九番(第九)。
第九は「歓喜の歌」として知られています。
死亡報道に……歓喜の歌……
アンナは、ジフンの悪行が明るみに出ることを望んでいました。「ジフンから解放されて自由を勝ち取った」……そんなアンナの気持ちが表現されているようですね。
また、監督が配信会社のCoupang Playに抗議した際の公式文書の中にこのような一文があります。
お金や地位、名声、権力のために手段を選ばずに卑劣な行為を繰り返すジフンの葬儀シーンでこの曲を流すことは、監督が「アンナ」で伝えたかった社会へのメッセージと繋がっているのではないでしょうか。
ちなみに、配信会社が監督の了承なしに編集したとされている全6話の「アンナ」版のこのシーンでは全く違う音楽が使用されているようです。
4. 脚本に沿った細かい設定と演出
その他の設定や演出には様々な仕掛けが張り巡らされており、隠れたメッセージを探すのも楽しいです。
アンナのように伝えたいテーマと物語の骨組みがしっかりしていると、いろんな仕掛けができるんだな〜と改めて感じました。4年弱かけて脚本を執筆した監督の作品への愛情と、スタッフ陣、俳優陣の作品への理解・情熱が伝わってきます。(この作品を生み出してくれて、感謝の気持ちでいっぱいです……)
4-1. イギリス人のキャサリン
1話冒頭に出てくるキャサリンは、ユミの父が営むテーラーにやってきたイギリスの軍人の妻。キャサリンはユミがピアノや絵、バレエを習うきっかけとなり、ユミの幼少期に影響を与えるのですが、このキャサリンと夫の会話にも「リプリー症候群」を匂わせるセリフがあります。
このやりとりから、物語の題材である「リプリー症候群」の要素が読み取れます。その他にも、キャサリンはユミに「ポーカーに限らず、他人に本心を見せないようにしなさい。」などの印象的なセリフも残して物語は進んでいきます。
【8/30追記】
Twitterの他の方のツイートで知ったのですが、冒頭でこの夫妻がお店に入ってきた時の軍人夫の軍服に"US Army"とありますね。夫、アメリカ人だったのか。ということはキャサリンも?あれ……そもそもなんで私イギリス人と思っていたのか?
確かにこの場面で「イギリス」という言葉が出てこないので、キャサリンの「ダイアナ姫の親戚」嘘と、後にアンナが英会話スクールで「イギリス英語を習っていた」という言葉にすっかり私も惑わされていました^^;
4-2. 英単語
ソウルの下宿先でユミが暗記している単語は「Suspect(英:疑う)」
4-3. ユミの絵画教室
作中にはヨーロッパ(特にフランス・パリ)にゆかりのあるものがたくさん出てきます。
ユミが高校時代に通っていた「エストランジェ絵画教室」もそのひとつです。
「エトランゼ(仏:étranger)」はフランス語で「見知らぬ人」「旅人」「異邦人」を意味しています。「アンナ」の原作は「親密な異邦人」。そして、アンナは最終的に「エトランゼ」となり、カナダに辿り着きました。
4-4. ユミの改名
第3話で、ユミがアンナに改名した通知が届くシーンをよくみると、「ユミ」の漢字表記は「誘墨」です。
私は韓国語がわからないのでTwitterの韓ドラ友達に聞いて見たところ(コマウォヨ!^^)
「誘」と「墨」の漢字語はそれぞれ誘=유(yu)墨=묵(muk)で、韓国語では漢字語は一つの音のはずだから「墨」が"mi"と読まれているのが不思議。さらには女の子の名前で미といえばほぼ「美」だ、とのことでした。
そこで、私はハッとしました。
物語の終盤、アンナは教授となり、「朝鮮文人画」を専門としますよね…?
文人とは「学問を納め文章をよくする人」のことです。文人画の大元の意味は学者が描いた絵で、学問も芸術も「墨」を使います。
ユミのご両親が学問に励むように名付けたのか、ユミの人生が「墨(芸術や学問)」に「誘われて」いったのか……
一般的にあまり名前に用いなさそうな漢字語を使用していることを考えると、これも意図してつけられたものではないか……と感じます。
4-5. ユミの職場「Marais」
ユミが働くことになった家具店「Marais」
もしや、この名前にも意味が…?と調べてみると、やはり関係がありました。
前述の「エスメラルダ」の舞台のノートルダム寺院周辺とは、このマレー地区(仏: Marais)にあるのです。なんと細かい設定なのでしょう……!(脱帽)
4-6. 紫のトルコ桔梗
3話で美術予備校の面接に行くアンナですが、その直前のシーンでMaraisの元同僚ソヌと偶然再会し、ヒョンジュが結婚することを知ります。
その直後のシーン。美容院で目を引く、画面手前の紫のトルコ桔梗。
トルコ桔梗の花言葉を調べてみると、「花嫁の感傷」という意味もあるようです。……ここまで考えての演出……??だとしたら恐ろしい……
そして紫といえば、ラストでアンナが着ている紫の衣装が思い起こされます。いろいろと意図を感じてしまいますね。
ちなみに、映画やドラマの色彩設計では紫色の服や小物を身につけている人は悪役や怪しい人のことが多いです。
4-7. 結婚式での雪景色
4話のアンナとジフンの結婚式。当日は雪の日の設定ですね。(アンナの偽お母さんがジウォンに挨拶するとき、「雪で足元が悪いのに来てくれてありがとう」と言っています。)
また、会場には紙吹雪と、映し出される雪景色が。アンナが最終的にたどり着くカナダの風景と思われます。先述の「ボレロ」の音楽とともに、物語ラストの雪景色に向かって破滅の道を歩んでいくアンナ。曲のチョイスと演出が恐ろしすぎます。
4-8. 幻覚の中の二人のアンナの衣装
7話でヒョンジュを殺したのがジフンだと知ったアンナ。
マンションの地下駐車場でヒョンジュの幻覚(夢?)を見ます。その時の衣装が、1話の冒頭のアンナの衣装と同じなのです。
どちらのシーンも現実ではなく、アンナの幻覚や心情を表してる場面で着ているので印象深いですね。
この衣装、3話で美術予備校の面接に行くためにアンナが質屋でレンタルした衣装とも同じでした。レンタルした衣装なので「本物」ではないし、ヒョンジュにもらった偽物の時計のくだりに繋がるのでそこにも意図を感じるのですが、そこまではこじつけ過ぎかもしれない……
と思いつつも、アンナ役のぺ・スジはこの作品の中で150着もの衣装を着ているそうなので、衣装のひとつひとつにもこだわりがあるのでは……と考えてしまいます^^;
5. 車の事故シーンへの伏線
アンナとジフンが乗っている車が鹿にぶつかりそうになり事故になるシーン。振り返ってみると、伏線がいくつかありました。
5-1. 「崇礼門放火事件」
2話 22:17のユミがバスから火事現場を眺めるシーンは2008年に実際にあった「崇礼門放火事件」です。
この事件の犯人は、都市開発事業で立ち退きを迫られて社会への復讐のため崇礼門にシンナーを撒いてライターで放火したそうです。
「ライターで放火」と聞き、ゾワゾワと鳥肌が立ちました。こ、怖い……^^;
5-2. ユミの母親が見た夢
3話でアルツハイマーの母に会いに行ったユミ。そこで、お母さんが「夢にあなたが出てきたの」と話を切り出します。
…このシーンでも窓の外には雪の演出。
5-3. 鹿のイルミネーション
第6話でヒョンジュが死んだことを知ったアンナはその現場(Marais)へ向かいます。現場を車の中から眺めるアンナ。よくみると、そこには鹿のイルミネーションが……
6. ラストシーン-最後にたどり着いたカナダ-
アメリカでの事故の後、アンナは一人カナダにたどり着きます。
ロッジの中のマダム二人の会話に、「あんなに華奢な中国人の女の子が一人で歩いてアメリカを渡るなんて無理。彼女はウソをついている」とあることから、アンナがまた嘘をついていることがわかりますね……
余談ですが、このマダム、日本語字幕には書かれていませんが、"Tiny Chinese girl"(華奢な中国人の女の子)と言っています。3話の「Vincent & Co.」の時計のくだりもあってのセリフなのか、海外でアジア人は総じて中国人と間違えられやすいからなのか、はわかりませんが……
アンナには新しい場所で幸せになってほしいと切に願っているのですが、新天地でもまた嘘をついています。韓国にももう帰れないだろうし、カナダでも身を隠して生活していくには嘘をつく必要があるだろうし……。あぁ、誰か彼女に安らぎを与えてくれ……と願わずにはいられません。
7. 謎なシーン
ヒョンジュの母親
作中、1点だけわからないままのシーンがあります。ヒョンジュの葬儀後、ヒョンジュの母親と娘にアンナが鉢合わせする場面です。よく見ると、ヒョンジュの母親がサングラスかけ、左手には杖を持っています。ヒョンジュの死のショックで目が見えなくなったのだろうか…?と思ったのですが、その後、ラストで新聞を見てユミとアンナが同一人物だと気づくシーンがありました。
じゃぁこの演出はどういうことなのか……何か手がかりに気づいた方は是非教えてください^^
【8/29追記】
この場面で、ヒョンジュの母が「加平で樹木葬にした」と言っていたのはなぜだろう?と思ったら、ヒョンジュの母は「オリーブガーデン」を経営(Maraisの1Fにあるカフェ)していて、加平には世界平和統一家庭連合の本部が置かれているようですね。登場人物の全ての言動にしっかり意図がある。韓国ドラマのこの細かい人物造形と設定には感服です。
観賞後-終わりに-
数日前に「アンナディレクターズカット版」を見てからアンナのことが頭から離れません。
嘘はいけないと思いつつ、ちょっとした嘘をついた経験は誰にでもあると思います。
「嘘は悪いからダメなのではなく、嘘をつくとその嘘を隠すために新たな嘘を重ねないといけなくて、めんどくさいからダメなのだ」という話を聞いたことがあります。
ヒョンジュのセリフのように、嘘をつき続けると地獄のような状況に陥ってしまい、最終的に苦しむのは自分……ということでしょう。
「アンナ ディレクターズカット版」は、物語の深さ、演出や音楽、俳優陣の演技の全てにプロの仕事が光っていました。生々しい描写はほぼないにも関わらず、異様な空気感に何度ゾクっとしたことか。素晴らしいサスペンスドラマで、大切な作品がひとつ増えました。
まだまだアンナについて語りたい!コメントでもTwitterでも良いので気軽に声をかけていただけると嬉しいです^^
ではでは〜アンニョン!
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