この舟の行方

 いつの間にかうとうとしていたようだ。日曜日の中央線に御茶ノ水から乗った。マスクはもちろんの事、会話も控えるようにと車内アナウンスがある。黙して行く帰り道、つい眠気におそわれた。
 ふと気がつくと並んで座った彼の手が座席に置かれわたしの太腿にくっついている。何かの合図のように感じてその手に自分の手を重ねた。膝の上のバッグを引き寄せ重ねた手は見えないようにした。もちろん彼は応えて握り返してきた。わたしが降りる駅まであと3つ。御茶ノ水から地下鉄で帰れば早いのにこうしてわたしを送るかたちで一緒に中央線に乗ったのには訳もあっただろう。重ねた手はそれに応えたつもりだった。
 以前にも比較的空いている車内で彼がわりあい堂々と手を繋いできた事がある。並んで立つ若い恋人たちならよく見かける。座っていながらくっついている2人は珍しい。向かい側にいた60代位の男性があからさまな視線をよこし、下車する時までじろじろと見続けていた。好奇心と不快感の混じった視線だった。
 そういうふうに見られる事にわりあい慣れてきた。恥ずかしい気持ちも当然ある。ほんの少し誇らしい気持ちもどこかにある。わたしたちは年寄りのカップルだ。彼は50代だが白髪頭。そしてわたしは67歳。若くは見られるがシニアには変わりない。

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