この舟の行方 2

 わたしたちが出会ったのはもう20年位前のことだ。いわゆる「出会い系サイト」に近いものだったがそういうサイトをいくつか経てきてもう何かを期待したり逡巡したりすることはなくなっていたと思う。ただちょっと寂しい時にたわいないメールが出来ればよい。なるべく気の利いた知的なニュアンスのある相手とメールがしたかった。自己紹介文には荒野にいるウサギの詩を書いた。「さてこれからどこに行こうか」という内容の詩だった。自己紹介欄で自分を説明せずただ短い詩を載せている女性、年齢もなし。

 この変わった一文に目をとめる人は少なく、数人の男女が質問のようなコメントを残したのみだった。その中で詩ではないけれど、やはり変わった雰囲気の短文を書いてきた人がいた。さいごに「ウサギよ、こっちだ。」とあってそのひとことが何故かひどく胸に迫り涙ぐみそうになってしまった。そうしてわたしは彼とメールのやり取りを始めた。彼は自営業でトラックを運転していること、昭和っぽい古いものが好き、けっこう喋る、そして相手に望むことの欄に「依存してはいけない」と書いてあった。じぶんはじぶんでいたい、人見知りする、お喋りが苦手、そういうわたしにはちょうど良い人だと思った。その時、彼には小学二年の息子がいて、わたしには15歳の娘がいた。メールをしながら少しずつ互いのことを知っていった。

 けれど、彼は多くのことを尋ねたりはしなかった。質問攻めにされないことは居心地がよく、むしろ二人で物語を作成するようなメールの交換がとても楽しかった。ちょっとした短文を創作して送ると必ず彼もそれに応えて続きを書いたりしてくれた。

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