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小説家になるという夢

東京に帰ってきた。
美容院に行ったり歯医者に行ったり
習い事に行ったりしている。
帰京する前に飲料や米等重い物やパンや卵などすぐに欲しいものはネットスーパーで注文しておいた。
それから図書館に予約してあった本が
受け取り期限ギリギリだったので慌てて借りに行った。
「私たちの金曜日」というアンソロジーと
林真理子さんの「奇跡」。

本といえば先日、若竹千佐子さんが出演しているテレビをみた。芥川賞受賞した「おらおらでひとりいぐも」は古本屋で見つけた時に買って読んだ。それが特色の方言満載の内容で、正直いうと少々読みにくかった。
でも年齢が近いという事もあり、若竹さんがどういう経緯で小説家になったのかは、興味があった。

若竹さんはこどもの頃から小説家になりたいと思っていたそうだ。(わたしはこどもの頃、動物が出てくるお話を書きたいというのが夢だった)
東北で生まれ育った彼女は母親の希望通り「職業婦人」になるべく教員を目指したが、採用試験に連続して落ちて挫折。やがて見合い結婚をする。
その頃こんなふうに思った事があったそうだ。「優しい夫と健康な2人のこどもにも恵まれたのにどうして寂しいんだろう」

自分の心の中に梯子を下ろして思考した時
根源的な何か、を見つける事がある。
所詮ひとは1人だという思いかもしれないし理由のない空虚かもしれない。
それはわたしが先日エッセイ大賞応募作品「枇杷はやさしい木の実だから」に書いた訳の分からない空っぽな感じに似ている。

若竹さんは素晴らしいことにその思いを大学ノートに書き記した。大量のノートがあり、たくさんの気持ちがそこに投影された。
やがて、優しい夫を事故で喪うという悲劇が彼女をおそう。数年後、長男に勧められて若竹さんは小説教室に通うことになり、受賞作品へと結実した。

小説家になるという夢を諦めなかった。すごい!!と拍手したい。
老いた母の枕元で彼女は自作本を見せる。「自分で金を稼げ」とむかしから言われていた。
別れ際「仕事さ、行っでぐるね」と彼女が言うともう殆ど喋らなくなっていた母が「行げ」と一言ハッキリ言ったそうだ。

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