ビニール越しの空
雨が止んだ。
人々は歩みを止めて空を見上げた後、それぞれの傘を閉じて何事もなかったかのように再び歩き出す。わたしは慌ただしそうに動き始めた大人たちにぶつからないように道の端まで避けると、古い駄菓子屋の軒下に入った。
小さな手に不釣り合いな、大きな白い柄。
いつも持っている色とりどりの水玉模様が描かれた小さな傘とは違う、飾りが何もない大きなビニール傘。勝手に傘立てから取ってきた、お父さんの傘だ。
空はすっかり明るくなっていたが、なんとなくそれを閉じてしまうのが勿体なく感じたわたしは、徐に傘を目の前に掲げてくるくると回した。
ビニールについていた水滴が弾かれて宙を舞う。駄菓子屋の古い木造屋根からぽつぽつと雨粒が落ちてきて、曲線を伝って落ちていく。
透明な膜越しに見る空は、徐々に厚い雲が切れて青が現れ始めた。隙間から差し込んだ光が弾かれた水滴に反射してキラキラと光る。雨によって少し冷まされた、湿気の多い空気が身体にまとわりついた。
前の道を歩く大人たちは、いつまでも傘を閉じようとしないわたしを不思議そうに眺めながら早足で通り過ぎていく。傘越しに色々な目と目が合う。それがどこかいい気分で、思わず口元が緩んだ。
その様子を暫く見ていたわたしは、ようやく傘を閉じようとゆっくり上はじきに指をかけ、力を込めた。固い。子供用の傘と違い、固くしっかりとした留め具は、わたしの力ではビクともしない。爪を立ててみても結果は変わらず、指を挟んでしまいそうになって慌てて指を離した。
すると、突然背後から現れた駄菓子屋の店主であるおじさんが、わたしの手から傘をひょいと取り上げた。驚いて視線を送ると、彼はあっさりとそれを閉じて「はい」とこちらに寄越す。思わず店主を見つめていると、彼は人の良さそうな笑顔で
「傘が閉じられなかったんだろう?」
と笑いかけた。わたしが半笑いを浮かべながらを受け取ると、彼はなんでもないように店の奥に引っ込んだ。
手に残された、閉じたビニール傘。それを少し寂しく感じながら、わたしはもう一度上を見上げる。すっかり雲が切れて、澄んだ青が広がる空。初夏の太陽光が鋭く降り注ぎ、アスファルトに突き刺さるのをわたしの裸の目が映していた。
忘れられていたかのように、遅れて屋根の先から生まれた水滴がわたしのまつげを掠めて頰に落ちた。
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