【小説】雨の音。窓を打つ。③
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七.
ありえないほどの喧騒。声。足音。声。声。足音。
今日は文化祭。私の学校は外部からも人を呼び込むから、校内は人間で溢れかえる。
体育館ではプログラムが組まれていて、盛大な開会式から始まるのだが、これが作品だったら盛り上がりのピークだ、と思うほどの圧。勿体ない。
そんな日の朝の目覚めは、憂鬱じゃなかった。
あれから私は演劇部に入り浸るようになった。
鶴屋さんと一緒に発表をすることが決まって、だけれど鶴屋さんは部活の発表もあるから、休憩時間で打ち合わせをするしかなかった。
稽古がオフの日なんて無い。ずっと鶴屋さん……いや、つると一緒。
あの日の帰り、2人で決めたことがある。
「まず敬語、なし!私のことは鶴屋……いや、つるでいいよ」
「……つる」
「うん。亀家さんのことは、環、でいいかな」
「かめでいいです」
「け!い!ご!まぁオッケー、かめね。鶴と亀、だね」
「は……うん」
誰にでも敬語で話す私からすると、違和感の連続なのだが、不思議と嫌じゃないし、息苦しくもない。
「つる、ここのシーン、こういう動きの方が」
「……確かに、いいかも。そしたらここのかめの声は」
「明るく」
「うん」
なんでか分からないけれど、少ない言葉でやり取りが進むようになった。何でだろうか。つるのことが分かる。でも、展開の知っている小説を読むのとは違う。違うのだ。ワクワク、する。
「……かめ」
「つる」
「いくよ」
「うん」
考えるよりも先に、言葉が出る。でも咄嗟の言葉じゃない。
これが小説だったら、セリフだらけの小説になってしまうな、なんて想像して、私は1人で笑った。
「何笑ってるの?」
「ううん、何でもないの」
つるのほうが普段から1人で笑ってるよ、と言おうてしてやめた。
喧騒。私たちの前には無音でしかない。
多分きっと、言わなくて十分なのだ。
窓の外を見ると、怪しげな雲が増えていた。あぁ、そういえば今日は雨って言ってたな。帰りがちょっとだけ、憂鬱な気がした。でも。
「楽しもう」
「当たり前」
今の私は泳ぎたい気持ちでいっぱいなのだ。
私たちの作った海の中を。
八.
黒板の前には少しだけ高いステージが設けられている。客席はクラスメイト以外で満席。担任はできる人間だった。文化祭の目玉、みたいに告知していたらしい。実際、かなり好評。2日間にわたる文化祭の中で初日のクチコミが回ったらしい。客席抽選を行うほどになっていた。ドラマのような展開。
そして、私はそのステージの上にこれから立つ。
1人で。
「つる」
「何?」
「行ってらっしゃい」
「あはは、そこは普通…」
「いつもが最高だから、これでいいの」
「……ばか」
亀家さん……もとい、かめは私の顔を赤くするのが得意だ。緊張が空間に溶けていく。
「行ってきます」
「待ってる」
コツ、コツ、と靴の音が響く。かめの笑顔が心強い。私は1人じゃない。だって、今から。
「それでは、鶴屋、亀家のペアがお送りするのは、」
司会が言いながらステージを見て、言葉を止めた。
それはそうだ。私しかステージ上にはいない。
あの日、かめが提案してきたこと。
それは、普通なら有り得ないような事だった。
「私の声に、鶴屋さんのお芝居、ってことですよね」
「……うん、そうだよ」
「朗読と身体的表現の組み合わせ」
「……そういうのやりたいつもりだった」
「でも、私は人前に立てません」
「だから、無理じゃ」
「放送室から、声を届けます」
「……え?」
「図書委員の担当、放送部の顧問なんです。お願いしてみます。人が見えなければ、私は多分、できます」
あの時のかめは驚くほどにしっかりしていた。
なんてことを考えるのだろう。
それに、よく考えたら文化祭中は音楽を流しているだろうから、そんなの難しいとか考えつきそうなのに。
でも、かめは話を通した。
うちの学校の放送系統は階ごとには変えれても、重要な部屋以外は個別に変えれないらしい。さすがに全校に流れるのは無理なんじゃないか、と思った。
「構いません、文化祭実行委員に打診してきます」
そして、全ての許可を取り、全校に向けての朗読をすることになったのだ。
人前で朗読が出来なくなるのに、それは出来るという自信。
不思議で仕方がないけど、かめは不思議なことをよく考えているから、多分、いや、絶対大丈夫という安心感があった。
ていうか、別に隣のクラスを借りて無線やら有線マイクを使ってスピーカーから声を流せたろうに。
でも。
「最高の、表現」
作り出すには、丁度いい。私たちの最高を作り上げるには、それぐらい規模がでかくないと。
『亀家です』
「鶴屋です」
教室がどよめく。
廊下が静まりかえる。
始まる、私たちの表現が。
九.
『亀家です。』
「鶴屋です。よろしくお願いします」
教室がどよめいて、廊下に静寂が訪れて、私たちの表現が動き出す。
2人で事前に決めたのは始まる時間だけ。
私はたまから受け取った言葉を身体で表現する。
外は雨が降り始めていた。
『雨の音。窓を打つ。』
かめの凛とした声が響く。あぁ、この声。この表現。私の好きなかめだ。
私はパントマイムのように窓を作りだす。
今、ここは、小さな部屋なんだ。
『朝は憂鬱だ。起きて、外を見て、雨が降っている時なんて、特に憂鬱』
指先まで神経をとがらせる。
呼吸ひとつのタイミングがシンクロする。
なんて、気持ちがいい時間なんだろう。
体が勝手に動く。楽しい。
『雨が窓を打つ音で目が覚める。最悪の気持ち。』
シーンが進むのが惜しくて、自然と目から涙がこぼれた。
『外に出て傘をさすと、傘の中の模様が私の心を躍らせる』
踊るように、全身で呼吸をしながら、私は動く。
『ねえ、私、好きなの』
あなたの表現が好きだ。
『ごめん』
目の前にかめがいる。本を持って、凛とした声を放っている。
かめの前にも、私はいるかな。
『窓を打つ雨の音が、私の涙の代わりになった』
最後の一文が読まれた瞬間、私の視界はぼやけ、とめどない涙が溢れる。
かめの感情と私の感情がリンクする。
こんな表情は、初めて。でも、ずっと一緒のような気がする。
ずっと。
『ありがとうございました』
「ありがとうございました」
今までかめの声しか聞こえていなかったけれど、雨が窓を打って、パチパチと音を立てていた。
拍手の波。あぁ、天候まで、後押ししてくれるの?
死んでもいい。こんな、幸せなことは。
「……い、以上、鶴屋、亀家のチームでした!」
十.
文化祭が終わって、私たちの首には折り紙で作られたメダルがぶら下がっていた。
こんだけ盛大にやっておいて、最後に折り紙って。
面白くって仕方がなかった。
かめは校内を巻き込んて朗読を披露した日から、1度も朗読をしていない。
聞きたいけれど、こればっかりは本人の意思だ。仕方ない。
数日はかめの顔を見たい人がクラスに来ていたけれど、熱の冷めるのは早いもので。あれから私たちは普通に友達、になった。多分。
部活が休みの日に一緒に帰るような、友達。
今日はそんな日で、雨が降る中を帰っていた。
かめは足を変に前に出して、ぴちゃぴちゃ音を立てながら歩いている。
なんか、寂しい。あんな最高をこんな歳で味わっちゃって、私は早死でもするのかもしれない。
最近、かめといるから、変に詩的な思考回路だ。
「じゃ、また明日」
分かれ道に差し掛かり、なんだか泣きそうで、直ぐに背を向けた。
「つる」
「ん?」
「これ」
かめの手には一枚のCDが握られていた。
「なに?」
「つるのために読んだ。私の好きな本」
「録音、した、ってこと?」
なぜかカタコトになってしまった。
「うん」
「あ、ありがとう」
嬉しすぎて、顔が赤くなる。あぁ、こんなの。
「また、2人で」
「来年ね」
傘を打つ雨の音が、私の鼓動みたいにうるさかった。
【完】
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