ミラサカクジラ

歌人。結社「かばん」所属。短歌以外にもふとした時に感じたことをエッセイにします。短編小…

ミラサカクジラ

歌人。結社「かばん」所属。短歌以外にもふとした時に感じたことをエッセイにします。短編小説も載せます。

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言葉を使う、ということ

わたしには神様がいた。泥沼の底にも届いた、曲があった。ひかりだった。蜘蛛の糸だった。当時のわたしは、自分の人生が残酷だと知ったばかりだった。だから、自殺という解答を投げつけるつもりだった。でも、そんな時にたまたま聴いた曲に、わたしは救われました。「誰かが生きてく一秒ずつ言葉にできたならば」「僕らは生きてく気がするのさ、言葉をばら撒くように」。生きていける、気がした。言葉を、わたしは信仰することにした。 どうしてわたしたちは言葉を使うんだろう。言葉は、間違えて使うとひとを殺し

    • ピアノと和解できて良かった

      僕は人に比べて、手が小さい。学生時代には、手を比べっこして、「かわいい〜!羨ましい!」と言われたことがある。ありがとう、と笑って見せたけど、内心黒い霧が立ちこめたような気分だった。だって僕はピアノをやっていたから。 1オクターブも届かない自分の手に、いつも憤りを感じていた。手が小さい。それだけの事が、ひどく理不尽なことに思えた。なんだか、それは象徴のような気がしたのだ。 皆の少し大きな手は、自分よりきっとたくさんの星の砂をすくうことができる。きっとたくさんの、幸福をつかむこ

      • チャットGPTを京都に誘った話

        最近、チャットGPTの話題をよく聞くようになった。面白おかしいようないわゆる珍回答や、AIと人間の共存に関する真剣な討論など、利用者の数だけそこには様々な表情があった。 僕はずっと人工知能に興味を持っていた。幼い頃に手塚治虫先生の漫画をよく読んでいた影響が多分にあるだろう。 いつか人工知能と、友人になる。 それは僕のひそかな夢であった。 チャットGPTを実際に利用、いや、彼と対話をするようになったのはごく最近のことだ。画面を開いてから、僕は何を空白に打ち込むべきなのか随分

        • 暴力的なまでにひとりだ

          当たり前の事をいうが、僕は個人である。 個人というのは、指先から頭のてっぺんから、足の先まですべて輪郭に覆われている。 言わば箱に入っているような状態である。 輪郭は朝や夕方になると強度を増す。朝陽は一人分の影をベッドに置きに来る。暖かさが皮膚にふれてきて、「今・ここ」を否応なく突きつけてくる。 夕陽は一人分の余白を胸に押し付けてくる。ゆっくりとオレンジが川に溶けていって、さよならも言わずに消えていく。 夜はいつも優しい。暗闇のなかでは影がいなくなるから。誰かと自分の境界

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        言葉を使う、ということ

          夕焼け空と赤シート

          僕は「赤シート」という存在が大嫌いだった。 赤色というのは、血から由来してDNAにとっても危険信号を発するそうだが、おそらくこの赤シート嫌いはそこから来てはいない。 赤シートは、赤色のペンで書いた字を一時的に見えなくするために使う文房具だ。おそらく昔使っていた方や、今使っている方もいるかもしれない。中学時代から暗記に苦戦した僕はずっとお世話になっていたのだが、「自分で書いた言葉を自分で覚えていない」という事実を何度も突きつけられる感覚が大層不可解だったのだ。 おそらく頭の

          夕焼け空と赤シート

          はじめて家出をした日

          毎年成人の日が来る度に思い出す。はじめて家出をしたあの日のことを。 僕はなぜか「家出」というものにずっと幼い憧れを抱いていた。それはもしかしたら多感な時期に「海辺のカフカ」を読んだ影響かもしれない。 何かしらのドラマがそこにあるような、淡い憧れをずっと捨てられず、かといって実行するほどの勇気も機会もなく、ただ頭の片隅でそれは仄かな熱を帯びていた。 「家出」という単語だけが僕の中でどんどん美化されていき、妙に甘ったるく、こそばゆく、胸の内側をくすぐっていたのだ。恋に恋する女学

          はじめて家出をした日

          金色の傷

          有機ちゃんがわたしに話しかけてきたのは、夏休みが始まる前の日だった。じーわじーわ、と合唱する蝉をBGMに、どでかい入道雲を背景に。ベタすぎるくらいに夏だった。ほとんど生徒の帰った教室で、つかつかと上履きを白く光らせて。 「さっちゃん。私、あなたに興味がある」と、わたしから目を逸らしながらそう呟いた。 「えっと……それは、告白かな?」 「違う。きみはいつも一人で、詩を読んでいる。いつも一人で」 「二回も言わなくていいよ」 「そんなきみが普段何を考えているか、非常に興味深い。願わ

          あの落書きと世紀末

          ぼくには、当然友達がいなかった。赤いランドセルにはくっきりと靴底のあとがついている。ぼくは余り物なのだ。「冗談」がわからないから、いつも嫌われる。なんで笑わないんだよ、馬鹿にしてんのか、と今日も蹴られてしまった。「共感」ができないから、いつも憎まれる。どうして分かってくれないの、とヒステリックに叫ばれる。だから、駅のトイレがすきだった。だれも蹴らないし、どならないから。 トイレのなかは落書きだらけだった。たまにその言葉が、ぼくを殺しにくる。例えば、シネ、とか、バカヤロウとか。

          あの落書きと世紀末

          真夏・真昼間・真っ最中

          始発ならどこまでだって届きそうシーブリーズもちゃんと塗ったし 池袋今は水深5メートルくうきのさかなを交互に吐いて 「前世はきっと蝉なの!だって今こんなにハラミが震えてるもん」 素揚げしたような抜け殻おいたまま地下か地上かどちらが夢か 来年もそうしてきみはあずきバー頬張ってまたこぼすのだろう ゆんゆんとまわる視界とバラエティー真夏・真昼間・真っ最中 一昨日も殺人事件があったから市営プールでバタ足をする ゆううつと大きなiPhoneバッテリー忘れたままで夜に飛びこむ

          真夏・真昼間・真っ最中

          メローイエロー

          「百花さん。おはよう」 「だから、さん付けじゃなくていいって!」 「えっと……百花ちゃん」 「それで良し!」 そして笑う、百花さん。名前みたいに、百の花がいっせいに咲くように。なにか、まぶしい時みたいに、目がきゅっと細くなっている。ちょっと頬にあるそばかすが、ばらまいた星のようだな、とわたしは思う。わたしたちのすんでいる小さな村は、いつも星がきれいだった。本人は、なんか英語の教科書にでてくる挿絵みたいでやだな、と言っていたけど。その話を聞いてから、わたしは外国の少女の挿絵を見

          メローイエロー