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ベグライフ 希望の月・後編(森くらんど)

【カテゴリ】#小説
【文字数】27255
【あらすじ】
西暦2082年。
日本ではAIによる完全自動化が実現していた。
完全自動化された生産用ロボットと、インターネットがリンクしたSF(スマートファクトリー)の普及率は日本国内だけでも99%を超えた。製造業のみならず、小売業やサービス業など、ほとんどの業界で、今や人の手は不要。
非効率とされる人間の労働はもはや義務でなく、AIによる経済効果によって人間は養われている。
そんな時代の中、必死に就職活動に励む1人の青年がいた。
【著者プロフィール】
会社員、WEBライター。第24回電撃大賞一次選考通過(著者名:蔵人)。経済的な理由で高校を中退し、30歳手前で高卒認定を取得。家族の死から自己分析のため小説を書くが、今では執筆が楽しくて仕方ないポジティブゴリラ人間になってしまった。妻と筋トレ、ゲームを愛する小説書きです。

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 ユイトとマークスはその足で、サンドアイズから目と鼻の先の距離にある鉱山へ向かった。サンドアイズから出る道にはすぐに枝分かれしており、その道を右側に進む。分かれ道にはヨル鉱山の看板。
 看板に従い別れた道を進むと、小さな丘を越える。そこは四角い穴だらけの荒野が広がっていた。
「へえ、地下鉱山か。アフリカのダイヤモンド鉱山みたいだね。しかし、これはそこらじゅう穴だらけだけど、看板がなければ鉱山があるなんて気が付かないな。ただの荒野だ」
「そうですね。しかもここ、1日経つと元に戻るんですよ」
「もとに戻る? ……ああ、あれか、俺が突っ込んでしまった売店」
「そうです。あの時と違うのは、こういったフィールドにある採取可能な場所は、1日1回、朝の5時に状態がリセットされます」
「朝の5時、深夜労働が終わる時間なのかね。……よくわからないけど、0状態に復帰させるってことで、掘削跡が消えてまっ平らな荒野に戻る、とか?」
「おお……その通りです。マークスさんって、すごいですね。ゲームに詳しくないのに、理解が早いというか……」
「技術的なことがわからなくも、概要やら仕組みやらを理解するのは得意だからね。管理職だからできて当然さ。はっはっは」
「管理職……なんかすごそうです」
「まあまあ、それは冗談として。今はこっちが優先だ。さて、どうすればいい?」
「簡単です。こんな感じでショベルを使えばさくさく掘れますよ」
 ユイトは空中からショベルを取り出し、おもむろに地面に刃先を突き立てる。足掛けに乗せた体重で刃先は深々と地面に突き刺さり、取っ手を地面に降ろし、テコの原理で土を掘りだした。
「おお、相変わらずアバター操作が滑らかだな。俺にもちょっとやらせてくれ」
「いいですよ、どうぞ」
 ユイトからショベルを受け取る。ショベルを手にした感触と重さがリアルに伝わってきた。
「実際のショベルよりは軽く感じるが、これは不思議な感触だ……うん、うん? やっぱり全然うまくいかないな!」
「アバター操作は慣れしかないので、根気よく行きましょう」
「お、おう」
 地道なアドバイスを受けて、マークスはへっぴり腰でショベルをふるう。
「生身と違って、ぎっくり腰の心配がないのはありがたいな」
「? そうですね?」
 ピンと来ない表情の若者ユイト。マークスは彼の言う通りひたすらショベルをふるい続けた。はじめは不自然なまでに真っすぐだった腰がだんだんと、曲がり、伸びてと動くようになり、肘も動きに合わせて曲がるようになってきた。
「おっと、肘が動くようになったから、やっと掘った土を遠くに飛ばせる。これは明確な成長じゃないか?」
 相変わらず表情が固いままだが、マークスは笑った。
「はい、めちゃくちゃうまくなってます。ボクなんて最初の1日はまともにショベルを掴めませんでしたよ」
「はっはっは。ユイト君は褒めるのがうまいなあ! 体が疲れないからずっと続けられるぞー!」
 調子に乗ったマークスは言葉の通り延々と地面を掘り続けた。次第に体がすっぽりと地面に埋まり、真下ではなく斜め下方向へ進路を変更していく。
「明かり、つけておきますね」
「どういう原理かはわからないけど、気が利くねえ。助かるよ」
 茶色いマーブル状の土層断面に、ユイトの設置した明かりが灯った。柔らかな乳白色の明かりが、ランプのように揺らめいていた。
 最初から掘り始めて3時間ほど経過すると、穴の深さは5m近くまで到達していた。
 大きく息を吸い、後ろを振り向くと地面が階段状に加工され等間隔で明かりが灯されている。
「やるねえユイト君。掘るのに夢中で、後ろのフォローに気が付かなかったよ」
「え? いいえ、これくらいお安い御用です。さあ、そろそろ見えてくるころ……あ、ありましたよ、マークスさん」
 ユイトはマーブル状の土層の一部を指さす。彼の指先には、青白く光る鉱石が土に埋まっていた。
「おー! はやくもクリスタルゲット!」
「はい、どうぞ」
 ショベルで掘りかかろうと構えたマークスに、ユイトが片手サイズのスコップを手渡す。
「ガッと掘るわけにはいかないのか……」
「鉱石が土から見えたらスコップで慎重に掘りましょう。岩盤とかでの採掘にはハンマーやツルハシ、爆薬を使いますが、ここならショベルとスコップだけで十分なので。うまくいけば拳サイズのブルークリスタルがごろごろ採れますよ」
「よっし、任せろ。スコップね……。こいつで土壁を……お、なんだこれ、思ったよりも……難しいな! 近くに行ったらオートで動いてくれてもいいんだぞ! もう少しアバター操作をアシストしてくれ!」
 狙った位置にスコップが刺さらず、上下左右に切っ先はずれてしまう。
「ユ、ユイト君、これも……」
「アバター操作は慣れしかないので、根気よく行きましょう」
「はーい」
 救いの目をものともしない冷静なユイトの言葉に、マークスは素直に土層面に向き直る。
 ここでも地道な作業の繰り返し。なんとかうまく掘り出せたのは30分後だった。
「きたきた! 確かに拳サイズのブルークリスタル! クラスターで取れるとは嬉しいね!」
 掘り起こされたブルークリスタルの結晶をマークスは誇らしげにかかげる。
「おめでとうございます。はじめての鉱石採取クリアですね! 無くさないようにアイテム入れにしまっておきましょう。画面の右下に革袋みたいなアイコンがあるので……」
「あ、これか。よしよし、ブルークリスタルを手に入れたぞ」
 視界内のアイコンをノックすると、手にしていたブルークリスタルが光の帯を残しながらマークスの腰に下げられた革袋に吸い込まれた。
「おおー、いかにもゲームな動きで面白い。よし、じゃあさっそく戻って加工に入ろう」
「あ、いえいえ。まだですよ。1個だけじゃダメです。素材が1つじゃ、失敗したときにやり直せません。またここまで採りに来ることになりますよ」
「お、そうか。一発でうまくいくとは限らないもんな。なにしろ加工やらなにやらは初めての経験だ……」
 明らかに肩を落とすマークスに、ユイトは首を傾げた。
「どうかしましたか? マークスさん」
「ん? いや、掘るのに体は疲れないが、これがなかなか神経を削ってね。うん、気合を入れてもうひと頑張りだ」
「はい、頑張りましょう。ボクも手伝いますよ」
「ほんとか! いやー有難い。ほんとに有難いよ」
 心底嬉しそうなマークスとユイトは、少し離れた場所に並んで土壁に埋もれた鉱石を掘った。

1時間ほど経過したあたりで突如土壁の一部が崩れ落ちた。
「うわっ。あ、ど、どうも」
 崩れた壁には、人が通れるほどの穴が空いてた。穴の向こう側から、ゴーグルを頭にかぶった金髪の若い女性が顔を出す。飛空艇乗りを思わせる、袖と裾の締ったボアジャケットにタイトなパンツスタイル。
ユイトのすぐ横の壁を掘りぬいたのは他のプレイヤーだった。
「あ! ごめんなさい! 近くに他の人がいるの気が付きませんでした!」
「す、すぐに埋めます!」
 慌てて開けてしまった穴を埋めようとする女性。
「あ、だ、大丈夫ですよ。どうせ明日になったらもとに戻るから、そのままでも……。あの、ボクは反対側を掘れば大丈夫なので、気にせず続けてください」
「ありがとうございます。私、今日がヨル鉱初めで、まだうまくできずに」
「おお、俺も今日が初めての掘削体験だよ。どうだい、ユイト君。俺はそこそこ慣れてきたから、そちらの方も手伝ってあげたら」
「え? い、いいえ、ボクがお邪魔しちゃ悪いですよ」
 ゲームは必ずしも手伝うことが正解ではない。それぞれのペースで進む楽しみ方を知っているユイトは、丁寧に断る。
 断った後、スコップを手に一心に土壁を掘るマークスの姿を一瞥。
 マークスの言葉も一理あるなと、でしゃばりすぎないように気を付けつつ、女性にできるだけ控えめな声で話しかけた。
「あの、でも、困ったことがあったら遠慮なく言ってください。一応慣れているので」
「あ、ありがとうございます! そうだ! あのう、実はこんな鉱石が採れたんですけど、用途がわからなくて……。何に使うんでしょうか?」
 貫通した穴越しに赤い宝石を見せる女性プレイヤー。ユイトはすぐさま答えた。
「あ、これはロードナイトです。これで作るアクセサリーとかはAIを含めた仲間全員の体力を少し上げてくれるから、序盤に持っていると便利ですよ。売るのもありです」
「ええ、そんな効果が……。使えるのかわからなくてさっき捨てちゃいました。あの、こっちは……」
「あ、これはレアですね。普通の鉱石の10倍近くで売れるので……」
 何を聞かれても即答するユイトに、女性は次々と質問を投げかけた。
「ほほー、ユイト君、やるじゃないか。ゲームのネタだと饒舌になるのもいいねえ。さあ、おじさんはこっちでスキル上げといきますか」
 女性プレイヤーが空けた穴はそのままに、ユイト達は鉱石採取を続けた。このあとさらにもう1パーティが壁を貫通させてしまったが、同じようにユイトは対応した。
「この鉱山は初心者向けなので、はじめて来る人けっこう多いんです。こんなに会話をしたのは初めてですけど」
 と、ユイトはマークスに教えてくれた。
 気が付くと日が傾いている。赤く染まる空に、マークスは疲労を感じて手を止めた。
「ふう、これだけ集まればいんじゃないか?」
 ブルークリスタルは10個ほど手に入った。失敗するのを込みで考えても余裕のある数だろうとマークスは頷く。
 一緒に掘っていた他プレイヤー達もすでに帰ったあと。
「そうですね。これだけあれば十分です。今日はひきあげましょう」
「いやー、やっと穴倉生活ともおさらばだ! 町へ戻ろう!」
「あはは、ベグゲームを続けていると、何日も泊まり込むような本格的な穴倉生活クエストもありますよ」
 ユイトの言葉に、露骨に嫌な顔をするマークス。滑らかな表情の変化にユイトが驚く。
「うわ、マークスさん表情変えるの早くなりましたね。今のすごくスムーズでしたよ!」
「……疲れているから、自然と無駄な力が抜けたのかもねえ」
 マークスは疲れた表情で笑った。
 

 町へ戻ると、2人はユイトの家に向かった。
 セレネ広場から住宅街へ向かう道を歩き、住宅地の一角にある2階建てのレンガハウスに入る。
「かわいらしい家に住んでいるねえ。しかも広い。そして、工房が思っていた以上に本格的だ」
 室内に入り、家の広さに驚いたマークス。案内された工房の設備にもう一度驚いた。
「本当の工作機械って知らないんですけど、ベグゲーム内で揃えられる設備はほとんど揃っていますよ。さ、拳サイズならここで」
 ユイトは作業机の椅子を引いてマークスを迎える。作業机の上には、おそらく電動のドリルやグラインダーが置いてあった。机の端に噛ませてあるのは万力。
「お、おう」
 マークスが椅子に座ると、ユイトは部屋のすみに寄せてあった工作機を押して来た。円盤状の金属が縦に固定された設備。金属盤はよく見ると表面がギザギザで切削用。駆動させれば金属板が回転し、対象物を切断するであろうことはマークスにもわかった。
「これで、まずはナイフの形に合うよう、大まかに石を切断しましょう。できたら万力に石を固定して、グラインダーやリューターで研磨していきます。えっと、こんな感じで」
 テキパキと作業説明をし、球状のブルークリスタルを切削機で綺麗に切断していく。高速回転する刃に削られたクリスタル粉が飛散する様は、まるで噴水の水しぶきのようだ。
 手慣れたユイトの動きに、マークスは呆気にとられた。
「いやあ、ユイト君、ほんとに職人だね……。侮っていたわけじゃないが、ベグゲーム内の工作環境がこんなに本格的だとは思わなかったよ。それに、君もだ」
「ボクはあるもので作っているだけです。ベグゲームの中にあるものは、現実にある実際の道具や設備をもとにしているらしくて……。就活失敗しているボクみたいな唯の人でもこうしてものづくりができるのって、すごいですよね」
「すごいのは君だよ。これだけの設備に技術、全部自力で?」
「え? はい。ベグゲームは今は失われていく技術の継承も目的にしているって、何かのニュースで見たんです。情報局には資料館もあって、工具や設備の使い方、加工の仕方もけっこう細かく書いてありました」
「職人の技術を完全にデータ化して保存しているって聞くね。ユイト君の場合はデータを引っ張り出して独学で継承してるようなもんだなあ」
「継承とかそんな大したことはなくて……というか、これはゲームのレベル上げで、攻略と同じなんです。ここはこう動かせばうまくいく、この素材は同じやり方じゃだめとか。試行錯誤が楽しくて」
「ユイト君ぐらいの若い頃に、こういう工房へ見学にいったことがあるんだ。もう30年近く前、手作業の職人がギリギリ残っていた時代だね。当時の職人たちを彷彿とさせるよ」
「それは……嬉しいです。こういうものが生まれる瞬間が好きなんですよね」
「今は3Dプリンターでどんなものでもデータさえあればノック1つでできるからねえ。オンラインからライセンスを購入すれば、ステンレスのペーパーナイフだろうが、陶器のコーヒーカップでも、素材レベルから全部合成して作ってくれる」
「鉄に焼きを入れて鋼にする、そんな工程もないんですよね。AIが鋼自体を作ってくれるので。……なんだか、味気ないなって思って」
「なるほどなあ。その味気無さを解消するために自力でPDCAを回していったのか……」
「PD……?」
「あ、いやいや。試行錯誤を自力で繰り返すなんて並大抵の努力じゃない。俺もやりがいがどうしたなんて言ってられないかもなあ」
 右肩口を左手で抑え、右手をブンブンと勢いよく回すマークス。ユイトに触発された思いが湧き立つのを自分でもはっきりと感じていた。
 職人志願の夢を胸に、かつて工房へ赴いた気持ちが蘇る。
「疲れもどっかに飛んで行った! さあ、続きを教えてくれ!」
「は、はい。じゃあ、今みたいに最初はナイフの大まかな形に近づけてから、自動研磨機やリューターでダガーの形を作っていきます。柄や鍔はボクが銀で作るので……」
 ユイトの指示と補助で、加工作業が始まった。
「一発で完成させればいいんだろ?」
 そんな強気の台詞を言っていたマークスだが、そもそもの「クリスタルを手で掴んで固定する」という作業がうまくいかず、研磨機に押し付けすぎて割り、落下させて割り、最初の工程の真っ二つがきれいにいかずと、想像以上の苦戦を強いられた。
「微妙な力加減がこんなに難しいとは……。自分の手でものを加工するなんてやったことがないからなあ……。アバター操作というハードルだけでも高いのに!」
「ボクも生身だとやったことありません。もしかしたら、アバターを通した方がうまく加工できるかも」
 そう答えるユイトの器用さは大したもので、マークスは何度も「ユイトがやったら一発でうまくいくなあ」とつぶやいた。
「……もしや、ほかのプレイヤーも皆こんなに繊細な作業を……?」
「いいえ。普通はこの工作機に、あらかじめ用意されたモデルをセットするだけです。デザインの選択とかけっこう細かくできるんですよ」
「ほう、なら手作業ってのは珍しいのか」
「そうかもしれないですね……? 他の人がどうやって作るのか見たことないですけど、売られているのはほとんど用意されたモデルの流用だと思います」
「なるほどなあ。完全オーダーメイドの手作りはユイトプレミアムってわけか……。ああ、またやっちまった! 力の入れ具合でこんなに簡単に亀裂が入るのか! くうう、これが最後の1つだったのになあ」
「マークスさん、すごくうまくなってますよ。もう最初の切断は完璧です。あとは根気よく丁寧に削るのをマスターするだけです」
「根気よく、か。ユイト君は若いのにすごいな……。俺の若い頃に君くらいの根気があれば……いや、若さを理由にしてはいけないな。ユイト君がすごいんだ。さ、材料を取りに行くか!」
 言うが早いか、マークスは破片だらけになった作業机の上を掃除し始める。ユイトもマークスに遅れまいと卓上用の小さな箒と塵取りを取り出した。
「このクズになってしまったブルークリスタルは売れないのか? 破片でも綺麗だけど」
「これだけバラバラになってしまうともう価値がないので捨てるしかないですね。磨いただけなら、採掘した原石のときよりも高く売れるんですけど」
「ほほー、加工費がちゃんと付加価値となって値段に上乗せできるのか。やるなあベグゲーム」
「はい。素材だと100クーク、磨けば300クークくらいにはなりますよ」
「クーク? あ、お金の単位か。なるほどねえ」
 大きな破片をマークスが手で集め、細かな破片はユイトが箒と塵取りで片づけた。作業を続けてきた2人は、いつの間にか小さな作業でも息のあった動きを見せている。
「よーし、もう一度鉱山へいくか」
「はい、今度はボクもガンガン掘りますね!」
「おっと、そりゃ心強いな。はははは」
 
 外へ出るとすでに夜が明けていた。
「うわ、もう朝か? ……いや、リアルな時間はまだ20時か。って、もう20時か! こりゃすごいな、ログインしてからかれこれ12時間だ。時計一周するまでゲームしてるなんて信じられんなあ」
「あ、ゲームしているとあるあるですね。作業とかに没頭していると、気が付いたら何時間も経っちゃうんです。ちなみに、ベグゲームの1日は4時間なので、マークスさんはベグゲーム内で今日はもう3日間過ごしている計算ですよ」
「今日1日で3日間……なんだか混乱する話だなあ……」
 住宅街を出てセレネ広場、市場を抜けて2人は鉱山へ到着した。
 ユイト曰く、朝の5時に鉱山の状態がリセットされる。
「本当だ。穴だらけの鉱山地帯がまっさらな荒野だ。おっどろいたねえ」
 穴1つない荒野を前に感嘆のため息をつくマークス。鉱山地帯には2人以外のプレイヤーの姿がちらほらと見えている。
 朝日を浴びながら荒野に立つマークス。ユイトが言う。
「なんだか、すっかりベグゲームに馴染んだって感じですね、マークスさん」
「お? そうか? まあ、ゲーム内とは言え幾夜も貫徹したからな。もう立派なベグゲーマーさ。はっはっはっ」
 マークスの高笑いに、傍にいた女性プレイヤーが振り向いた。
「あ、昨日はお世話になりました! またお会いしましたね」
 2人に声をかけたのは、前回の初採掘で坑道を掘りぬいて侵入してきた彼女だった。金髪とスチームパンク風なゴーグルがトレードマーク。
「あ、お、おはようございます」
「おお~! おはよー! 奇遇だね! 今日は採掘日和だ。また一緒に頑張ろう!」
 ぎこちない動きで力こぶを作って見せるマークス。ユイトも横で照れくさそうに力こぶを作って見せた。
「はい! 頑張りましょう!」
 彼女も右腕を上げて力こぶを作って笑った。
 ユイトがショベルを2本取り出す。ショベルを受け取るマークスは2度目ともあって掘り始めるまでがスムーズだ。
 丸い刃先を地面に差し込み、足掛けを踏みながらマークスはあることに気が付いた。
「おや、さっきの彼女。頭の上に名前らしいものが見えるぞ」
「あ、ほんとですね。あれは名前表示の設定を変えたんです。ボクたち2人に名前を見せてもいいよって」
「ほお~、そんなこともできるのか」
「はじめて会った時に言いましたよー?」
「ははは、そんなこともあった気がするな。色んなことがありすぎて覚えきれないんだよ。しかし、名前を見せてくれたのはなんだか嬉しいね。うん、シャーロッテか、素敵な名前だ」
「かっこいいですね。どこの人なのかな。あ、ボクも名前を見えるようにしておこうっと」
 掘削作業をしながら、視界内の設定をいじって手早く名前を表示するユイト。マークスはそもそも名前を表示しているままなので、手を止めずに作業を続けている。
「ん、さっき彼女は昨日はって言ってたからな……。名前からして、ドイツの人かもしれない。日本の方が7~8時間ほど早いから……昨日会った時は向こうが深夜で、今は昼くらい、かな」
「おお……。マークスさん、すらっと時差が出てくるの、なんか大人のビジネスマンって感じですね……。ボクは検索しないとわからないです」
「おいおい、俺は正真正銘、大人のビジネスマンだからなあ?」
 掘り進めながら談笑する2人。
 5mほど掘り下げ、すでにブルークリスタルが採掘できる深さ。2時間ほどで安定して採掘ができる状態が作られた。
「これは素晴らしい上達ぶりなんじゃないか?」
「そうですね。この調子ならあっという間に20個くらいは採れちゃいますよ」
「20個……さっきの倍は骨が折れるねえ……」
「あのー、すみません。……ちょっとお訊ねしても良いでしょうか?」
 地上から2人を呼ぶ声が聞こえた。声の主はシャーロッテ。
「はいはい。どうしましたー?」
 土壁に埋まるブルークリスタルの破片を慎重に掘り出しながら、マークスは太陽の光が差し込む頭上を見上げた。ユイトも同じように上を見る。
「あ、あの。近くで採掘をしているんですけど、生き物みたいなのが出てきて、どうしたらいいかわからなくて……」
「生きものだってよ、ユイト君」
「え、ボ、ボクですか?」
「俺が一緒に行っても大げさに驚くぐらいしかできないからなあ。また会ったのも何かの縁だ。行ってあげたらどうだい」
「お、お願いします。あ、えっと、お、と、友達が一緒にいるんですけど、私たち二人とも初心者でどうしていいかわからなく……」
「ふ、2人も……」
 1人だと思い込んでいたユイトはもう1人いると聞いて後ずさった。
「ちょ、ちょっと行ってきます」
「おお、さすがベテランプレイヤーだ」
 意を決したユイトを見送り、マークスは掘削作業に戻る。
 地上からは遠くから「キャー!」「これが、植物?」と2人の女性の声が聞こえ「この中に宝石が入っていて……」と、控えめながらも案外はっきりした説明をしているユイトの声が聞こえてきた。
「一度話し始めると、しっかりと喋れるんだよなあ。しかもベグゲームのこととなると饒舌だ」
 額の汗をかくマークス。アバターを操作しているため、いくら重労働をしても実際に汗が出ることはないが、自然とアバターが動いていた。
 その後、女性たちの謝辞がかすかに聞こえ、すぐにユイトが戻ってきた。
「やるじゃないか。もうすっかり初心者の支援が板についてきたな。しかも相手は女性2人、もう他のプレイヤーと交流がなかったとは言わせないぞ? はははは」
 上機嫌のマークスに肩を叩かれ、ユイトもまんざらではなかった。
「は、はい。こういうのはあまりなかったんですけど、ボクでも役に立てるって嬉しいですね。……しかも、ベグゲームを楽しんで貰えてるのが嬉しいです」
 照れるユイトに、マークスは大きく頷く。
「もうこれだけ採れれば十分だろう。って、こんな時間か!」
 40個ほどのブルークリスタルを集めたころ、時刻は22時を過ぎていた。
「あー! しまった、ジョギングの時間!」
「いいねジョギング。……時間を決めているってことは、まさか毎日走っているのか?」
「はい、就職活動を始めてからまだ2年ですけど、日課にしてます」
「に、2年間毎日?」
「そうですね。……あ、元旦の日だけ休んだかもしれないですね」
「お、おお、そうか。人に言われた訳でもないのによく続くなあ……」
「ボクは凡人なので、気を抜いたらすぐ怠けてしまうんです。走るだけなら、ボクにでもできますから……。じゃあ、今日は落ちますね」
「ああ、長い時間ありがとう」
「また明日頑張りましょう。この調子なら、あと2日あれば絶対に完成できます!」
「まだ走るのはうまくいかないけど、手先はだんだんと器用になってきたよ。もう少し力を貸してくれ」
「もちろんです」
 再び朝日が昇るころ、ユイトはログアウトした。
 マークスも急ぎログアウトする。
 自室にてベグを外すと、凝り固まった肩回りに鈍重さを感じた。
「さすがに疲れたなあ。しかし、ユイト君のエントリーは大丈夫なんだろうか……。あれだけの技術と熱意は、アンナの言う通り目を見張る。……さすがに俺が聞かなくてもエントリーに行くとは思うが」
 両肩を回しながら、すっかり聞きづらくなった月面プラントの求人案件に思いをはせた。しばらく肩を回したり背筋を伸ばしたあと、再度ベグを装着する。
 アンナへの報告書を作成しながらも、やはりエントリー状況が気になった。
「明日、サンドアイズで聞いてみるか。まあ、エントリーに行っているようならいいが」

 翌日、ベグゲームをはじめて3日目。
 長時間の作業に疲れたマークスは寝坊した。
 朝からログインするつもりが、実際にサンドアイズに到着したのは昼過ぎ。
 ログインして間もなく、ユイトからの音声メッセージが届いた。
『今日は用事があってインするのが遅くなります。ボクの工房は自由に使って大丈夫なので、マークスさんは作業を続けてください。たぶんジョギングもしてからインです』
 メッセージを聞いている時、マークスはすでにユイトの工房にいた。
「勝手に家に上がるのはどうかと思ったが、問題なかったみたいだな。ユイト君の要件ってのはもちろんエントリーのことだろう。やっと行く気になったか! よし、家主の許可もあることだし、俺の方も今日中に完成させてやるか!」
 マークスは意気揚々と研磨加工作業へ入る。アバターの動きに慣れてきたため、切断し大まかな形を取るまでスムーズだ。
「ああ、真っ二つにするまでは慣れてきたのに、また割れちまったよ。研磨機の振動か……? もう一度だ」
 手を滑らせて落とすこともなくなり、ユイトの置いたダガー見本に近いシルエットが作れるようになってくる。
 研磨機やリューターで削る作業には時間以上に神経が磨り減るため、1つ加工しては休憩し、割れては再開する流れを繰り返していた。
「こんな作業を1人でやって、あれだけのものを作れるようになるってのはすごいことだな。……確かに根気がいる」
 部屋の壁にならんだ剣やナイフ、ブレスレットなどの装飾品はどれも見事な出来栄えだった。どれも造りが美しいのはもちろん、モチーフをもって装飾が施されている。月や太陽といった宇宙に関するものが多いが、絡まるツタや葉っぱなどの植物もたくさんあった。
「単純にダガーの形状を作るだけでこのザマだ。職務のためという理由がある俺と違って、ユイト君はものづくりをしたい、楽しいという理由でこれらを……」
 工房内を何度も見渡し、マークスは再び作業へ戻った。独学で作り出したユイトの工房に背中を押される気がして、手を止めていられなかった。
「いや、楽しいんだな、この作業が。現に俺も今楽しんでいる。昔の俺も、この楽しさに憧れたんだ。……それに、俺は彼と一緒にやるのが面白い……んだな。AIばかりと仕事をしていて、人と一緒に仕事をする楽しさをずいぶんと忘れていたもんだなあ」

 時計を見ると23時30分を過ぎていた。すでに深夜。
「おいおい、こんな時間か。世界レベルの集中力を発揮しちまったぞ俺は」
 マークスが自画自賛を始めたところでユイトが姿を見せた。
「遅くなりました」
「お、来たか。ああ、今日はずいぶんと遅くなったな。え~と……」
 エントリー後に試験でもあったのかもしれないなと、マークスは落ち込んでいる可能性を考慮し、彼にかける言葉を慎重に選ぶ。
「はい、これを探していました。これ、けっこうレアなんですよ」
「これは……? 銀色の根っこ? 植物?」
「これはシルバールーツというアイテムで、銀の根です。天然の銀って、植物の根みたいに地面のなかでこうやって埋まってるらしいです。これはベグゲーム内のアイテムだから、実在する自然銀とはちょっと違いますが」
「ほう……。って、まさかこれを探しに行ってこんな時間に?」
「あ、はい。ブルークリスタルでダガーを作ったら、装飾が欲しいじゃないですか。このシルバールーツは柔らかくて、手で巻くだけで取り付けられるんですよ。しかも、クリスタルに焼きを入れる時、一緒に根も焼きが入ってしっかり固定されるんです。見た目もばっちりでまるで銀細工が植物のツルみたいに……」
「なるほど、シルバールーツを焼いてシルバーのツルを……って! いやいや! 違うだろ! ユイト君、わかってるのか? もう例の月面案件が始まって3日目だぞ! 俺はてっきりエントリーに向かったもんだと。あ、まだエントリーまで余裕があるのか?」
「エントリーの受け付けは、今日の23時59分です」
 慌てて時間を確認するマークス。時刻は23時40分を過ぎている。
「お、おいおい! もう時間だぞ! 早くいかないと!」
 慌てるマークスを見ても、ユイトはけろっとしていた。
「……正直なとこ、もういいかなって。ボクにあんな話が来ただけでも十分なんですよ。2年間ずっとずっと就活してて、どこにもかすりもしなかったんです。今はAIがいます。AIに任せていればなんだってやってくれる。……なのに、ボクみたいな平凡なただの人が、ものづくりしたいから就職しようなんて……。ちゃんとした仕事につける人って、もっと特別な何かを持っている人なんですよ。マークスさんみたいな……」
「な、何言ってんだ。仕事するのに特別なものなんていらないぞ。そりゃあAIはなんでもかんでも最適化してしまう。俺だってAIがいれば、俺みたいな管理職もいらないんじゃないかって思いはするが……」
「マークスさんは経験があるじゃないですか。あのベグ工場を日本に誘致したなんて、とんでもない実績ですよ……。誰とだってすぐに話したりすごいし。ボクとは違います」
 頭を抱えて体をゆするマークス。ユイトの考えていることが予想外でのたうち回る。
「んんん、そうじゃなくてだなあ。君はすでに特別なんだぞ? 今やロストテクノロジーと言っても過言じゃない職人作業をここまで自力で再現しているじゃないか。しかも脳波操作とアバター越しに、だ」
「いいんです。最初にマークスさんが言った言葉、正しいんだと思います。人生は甘くないんだぞって」
 会話を重ねるたびに影を強めるユイトの言葉に、マークスはついにしびれを切らした。ユイトの肩を両腕で掴んでゆする。
「バッカヤロウ! そういうんじゃない! 今は違うぞ! 俺は! お前と一緒に仕事がしたいんだ! たった3日間だったが、俺はとんでもなく楽しかったぞ! 楽しく仕事したなんて何年振りかわからんくらいだ! 君のアバター操作技術やら、話下手のくせにお人好しでなんだかんだコミュニケーション取れるってのは立派な長所だ! 誇れ! 俺が面接官だったらもう即採用だ! だがここじゃ俺は面接官じゃない。ただうまくいけば同じ仕事ができる! 俺は君と仕事をしたいんだよ! 月で! なあ!」
 一気呵成に思いをぶちまけたマークス。肩は大きく上下し、荒い呼吸がユイトにも見て取れた。
「で、でも、うまくいくかわからないし……2年間ずっと就活してたのに一度もうまくいってないんですよ……」
「2年は長いよなあ……確かに人生は甘くない。……けどな、それで深く考えたからって必ずしも正解に近づくわけじゃないんだ。要は、自分がどうしたいかだ。失敗を恐れて自分の気持ちを見失うんじゃない。君はどうしたいんだ?」
「…………そ、それは」
 肩を掴まれたまま、まっすぐに目を見て語るマークスの言葉がユイトに突き刺さる。アバターが再現する触覚が、本当に両肩を掴まれている感覚を唯人に伝えていた。
「それはもちろん、月で仕事をしてみたいです。たった3日くらいだけど、マークスさんとの作業はとても楽しかった。……本当は、マークスさんと一緒に月での仕事をしたい」
「よーし! それでいいんだ! それで!」
「で、でも、誰かと一緒にやるのが楽しいからなんて理由でいいんですか……」
「誰もそれがダメなんて言ってないだろ! ダメだと君を押しとどめているのは君だけだ。君がダメなやつだと主張するのは、ここには君しかいない! 本当にそれがダメなのか、その目で確かめてこい! 俺は君と仕事をするのが楽しいから、こんなに作業に打ち込んでいるんだぞ!」
「……行ってきます!」
 ユイトの肩を掴んでいた両腕で、マークスは彼の背中を思いきり叩いた。
「おう! 行ってこい! 全速力だ!」
 かつて敗れた自らの職人への夢。マークスは声に出して伝えたかったが、必死で言葉を飲み込んだ。
「彼の夢は、彼だけのものだからな」

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