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いつもの飲み屋で。(創作)

【どこかにあるようなないようなそんな時間。
  完結してるようなしてないようなそんな話】



「何でそんなことされたのに、会えるんだよ。平気なのかよ?そいつはサキが傷ついたことすら気づいてないんだろ?」
「う~ん、そんな感じ」
ソーシャルディスタンスを忘れ始めた居酒屋で、タケルと飲むのが日課になっていた。
最初はこんな私の過去の恋愛の話なんてするつもりなんてなかったのに、
つい、というか、思わず、というか、耐えきれずにこぼしてしまった。
先月6年ぶりに連絡してきたアイツのせいで・・・。

「サキは相手の仕事が忙しいと思って待って待って半年以上も待って、そしたら半年後に最後に謝らせてほしいって謎のメールがきて、それが自分をまだ想ってくれてたって嬉しく思ったわけだ?」
「うん、だってメールきてその後、電話で話したら、色々なことが辛いとか弱音みたいなこと言っててさ、ごめんって謝られたら、私は嫌いになって疎遠になってたわけじゃないし、頼られてるって思ったんだもん。忘れられてなかったって嬉しく思っちゃったんだよね・・・」
「だからってさ、そいつはその電話で最初に今カノがいるって言わなかったんだろ?それずるくないか!最低なヤローだろ。サキに別れようとかハッキリ言わないで、何となくフェードアウトしてったわけじゃん。まぁサキもサキだ、何で疎遠になる前に自分から連絡しなかったんだよ」
「・・・連絡できなかったんだよ、怖かったの。嫌われたくなかったし、それまでも何度か待ってたしさ。」パサパサになりつつあるお通しを箸でつまみながら、ポツポツと答えた。
「そりゃぁショックだったよ。若い彼女がいるのを聞いて絶望ってこんな感じかって、悲しみも怒りも全ての感情がシャボン玉みたいに、浮かんでは消えるみたいな不思議な感情だったんだよね。」
「ってか、冷静に考えて言い方悪いけど、クズだろソイツ!俺が腹立ってきた」そう言いながら空になったグラスをテーブルに勢いよく置き、追加のビールを注文した。
「でもそれって6年ぐらい前の話で、今回はコロナで連絡してきたと思ったら、最近彼女と別れて孤独で寂しいって?それふざけてないか!サキのこと何だと思ってんだよ。サキは一番電話掛けてこれないはずの相手じゃないのかよ」
「ん~友達にもそれ言われた。どう考えてもかけちゃいけない相手だと思うってさ。」
「だろ~誰が聞いたってそう思うよ、その友達はその時リアルで状況知ってたんだろうから、何をいまさらってそりゃなるよ。で、サキは何でそんな顔してるわけ?答えは出てるんじゃないの?」とタケルから言われ、空になったグラスをググっとテーブルの奥に押しやり話し始めた。
「なんかさ、悔しいとか悲しいとか、腹が立つとか、とにかくいろんな感情がごちゃごちゃになってて、自分が何をどう感じてどう思っているのか全然わかんないんだよね」
「なんだよそれ、まだ元カレが好きってことかよ?」
「いや、それはない。それはないって言えるんだけど、何か釈然としないってかさ、あたしって何だったんかなって、虚しいって気持ちがモコモコって湧いてきてて、ふっと寂しくなるんだよね。」ちょっと酔っ払ってるせいもあって、言葉が怪しくなってきていた。
「私の気持ちを考えず身勝手な奴だってわかってるのよ、それですんごい傷ついたし苦しんできたんだから。でもさ、当時の楽しかった時間とか、愛されて嬉しかった時のこととか思い出しちゃうんだよね。もちろん今は全然違う人だってわかってるし、当時の私でも彼でもないってわかってるんだよ。わかってるんだけど幻っていうか、つい重ねて見ちゃってさ・・・。」
「お前さ、それないからな!それって単純に自分が今寂しいとか、そうゆう感情に流されてるだけじゃん。それでソイツと会って何かあったらサキは後悔すると思う、だからやめとけよ絶対に」
はぁっと天井を見上げながら深くため息をつき「やっぱりそうだよね。いいことなんてないよね」と、自分に言い聞かせるように呟いた。

自分が何も考えず感じない人間だったら、きっとこれ幸いと、過去の痛手の代償として元カレと会って食事などさせていたんだろうと思う。そして自分が都合よく楽しんで、気が済んだら今度は私がフェードアウトさせてしまえばいい、と。
でも私はそれができる人間じゃない、人より罪悪感を感じ、人一倍空気も察し、自分を責める人間だと、それをわかっているから、今元カレからくるメールや電話でのやり取りでさえ、距離感を考えて対応している。
「ねぇタケル。」と声をかけたものの、今思ったことを口にするのをためらった。
「ん?なんだよ、どした?気持ち悪いか?飲みすぎなんじゃないのか?」と、矢継ぎ早に的外れなことばっかり言うタケルの言葉に、顔がほころんだ。
「ふふふ、気持ち悪くないし、まだそんなに酔ってないよ」何て言いつつもちょっと気持ち悪くなっていた。
「じゃぁどうした??」と見つめたサキの目がトロンとしてきているのにタケルは気づいた。
「大丈夫か?普段より飲んでないのに酔うの早いな、つまみの話がまずいから悪酔いしてんな」と、笑ったタケルの顔がいつもより優しく見えたのは、私が酔っているせいなんだろうか?
タケルと付き合ったら・・・とふと脳裏をよぎった。話のテンポも合うし、嫌いな食べ物も一緒だし、笑いのツボも合うし、遊園地がお互い苦手ということも合う。ただ一つ問題なのは、イケメンだということ。
そこは唯一私の中で恋人へと踏み込ませない理由なのだ。
最近こそ慣れてはきたが、何であの人にあんなイケメンが隣にいるの?的な視線をガンガン浴びせられ、タケルに会うのが苦痛だと感じていた時があった。
自分が絶世の美女だったらきっと何にも思わないんだろうけど、どちらかというと中より下な私としては、一緒に飲みに行った先々で、カッコイイ~という思わず口から洩れる呟きを何度も聞き、その次に浴びせられる「え?なんで?」という心の声をビンビンに感じていたっけ。

「おい、お~い!サキ~聞こえてるか?」
私の顔の前をタケルのすらっとした指の大きな手がヒラヒラと揺れていた。
「ん?あっ?あ~、一瞬意識がどっか行ってたみたいね」と笑ってタケルの顔を見ると、真顔になってた。

「うわっごめん、怒ってる?ん?なになに?あたし何かした?」
「フッ、ぼけ~っとふんわりどっか行くなよ」とイケメンの顔がさらにイケメンに見えドキッとした。

「すみませんそろそろラストオーダーなんですが、追加の注文はどうしますか?」と店員さんが伝えに来た。
もうそんな時間かぁと腕時計をみると、4時間以上時間がたっていた。
「あ~、サキどうする?もういいよな?俺はもう飲めないぞ」というタケルの意見に「同~~~~感」と右手を挙げて賛同し会計をしてお店を後にした。


「送っていかなくて本当に大丈夫か?」と心配顔のタケルには申し訳なかったが、冷たい夜風に酔いも醒めていた。

「ありがとう、大丈夫だから。今度はもう少し楽しい話をしながら飲もうね」と、タケルにバイバイと手を振って背を向け歩き始めた。どことなくふわっとする足元と頬を触れる冷たい風が心地よかった。空を見上げると満月があった。なんとなく世界がちょっと明るく見えたのは、満月の明かりのせいと、タケルの笑顔が浮かんでいるからかもしれない。



終 


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