気になる存在 1(創作)

【どこかにあるようなないようなそんな時間。
   完結してるようなしてないようなそんな短いお話】



朝の出勤時間は普段より少し人が多くなる。しかし都会のど真ん中ではないので、いくぶんゆったりした時間が流れているように感じる。

「今日は久しぶりに晴れたな」そんなことを思いながら歩いていると、白い杖を顔より少し上に掲げて立っている女性がいた。どうしたんだ?と歩み寄ろうとしたら、駅の方から小柄な髪の長い女性が足早に駆け寄ってきた。

「どうしました?お手伝いしますよ?」と何の迷いもなく声をかける彼女に目が止まった。

「すみません、ちょっと迷ってしまったようで。駅に向かいたいのですが」と、どうやら目が不自由で迷子になってしまったらしい。

「それなら駅まで案内します、私もこれから駅に向かうところだったので」とほほ笑む彼女。でも今彼女は駅方面からやってきたことを、俺は見ていた。それは彼女なりの気遣いだったのだろうか。

ありがとうございます、と感謝の言葉を述べ安心した様子の女性に、
「あっ私はどっちに立ったらいいですか?わからないので指示してもらえると有難いんですが」と、彼女の言葉に「すみません、私の右側に立ってもらって、肘の上を持たせてもらっていいですか?」と女性が伝える。

「右側ですね、はい。どうぞ。何かあったら言ってくださいね」と、二人は少し先に見える駅の入り口に向かって歩き始めた。「今日はすごくいいお天気なんですが、この辺は初めてですか?」などと、彼女は女性に話しかけ、女性もそれに笑顔で答え和やかな雰囲気をまとっていた。
釘付けという言葉がぴったりするほど二人から、いや彼女から視線が離れなかった。

と、背後から突然、
「社長!青信号になってますよ。どうしたんですか?」と社員に声を掛けられ慌てて歩き出したものの、彼女らの姿が気になっていた。しかし後ろ髪をひかれつつも横断歩道を足早に渡り切った。



会社に戻り報告や連絡などの作業をしていると、あっというまに午後の打ち合わせの時間になっていた。
「社長、いらっしゃってますよ」と声がかかり,
「ありがとう」と口にしながら席を立った。

「すみません遅くなってしまって」とドアを開けると、さっきの髪の長い女性がそこにいた。

「あっ」
思わず声に出てしまい、慌てて咳ばらいをし話題を振った。

「あれ、いつもの小林さんじゃないんですね?」

「申し訳ありません、小林は昨夜から入院してまして、急遽私が担当を引き継ぐことになりました。突然のことで大変申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。」と頭を下げる彼女。

「そうでしたか、小林さんは大丈夫なんですか?」

「はい。本人の話によると、駅の階段を下りていると足元にゴキブリらしきものがいたようで、それを見てバランスを崩して落ちてしまったと。打撲や捻挫とのことですが、頭を手すりに打ったようで念のための検査入院をするとのことです。手すりに頭を打つって器用すぎるでしょって電話で笑って話せるぐらい元気でしたのでどうぞご心配なく」とふんわりと微笑みながら彼女は話した。

「そうでしたか、さすがに足元にゴキは俺だって声ぐらい出るだろうからな。でも大けがにならなくてよかったでしたね、小林さんによろしくお伝えください。では、本題に入りましょうか。」
と、平静を装いながらもどこか落ち着かない気持ちが隠せていたのかわからないまま時間は過ぎた。

すっかり日が暮れて休憩スペースで一人珈琲を飲んでいた。それにしてもさっきは驚いた。まさか今朝の女性が目の前に現れ、しかもこの先も仕事で関われる可能性が出てきたということ。歳は俺より少し上ぐらいか、何か不思議な雰囲気の人だったなと窓の外に映る夜景を見ながら思っていた。



あれから数年が経った。
彼女と初めて会った翌年、社内で自分の誕生日に社員からサプライズがありケーキを食べていたら彼女が資料を持って来社。
顔なじみになっていた社員達に誘われ彼女も参加し、そこで干支の話題が出て彼女の年齢を初めて知った。まさか自分より10も上だったことにビックリした。仕事が増えたことで定期的に会うことが多くなり話をよくするようになっていた。そして自分が通っていたクラフトビールが美味しいお店で偶然会ってからは、プライベートの話も飲みながらすることもあった。知れば知るほど年齢差なんて関係なかった。俺的には。

いつもの店でも顔を合わせたくて自然と足が向かった。
「今日のオススメお願い」そう言った先にはクマみたいにガタイのいいマスターがいる。
「そういえばさ、この前彼女フラッときてサクッと飲んで帰っていったよ」と何やら意味深げにニヤッとした顔で言い放った。見透かされたかのような物言いに腹立たしさを覚えつつも、喉から手が出るほど欲しい情報だった。
「彼女っていつも決まった時間とかに来てるわけじゃないんだ?」と目の前に出されたビールに口をつけつつ続けた。
「次さ、彼女が来たら連絡くれないかな、ってこれストーカーってやつだったりする?!俺やばいやつか?」頭を抱えながらカウンターに突っ伏していると、
「お前はそんな奴じゃないって知ってるよ、それにこの前一緒にいたとき二人がいい雰囲気で俺としては繋げたいって密かに思ってたりするけど」と後半はごにょごにょと濁しながら、マスターは顔に似合わない可愛いウインクを上手にしてみせた。その数日後マスターから届いたlineには何やら暗号のような絵文字がならんでいたが、それの意味することがすぐにわかり急いで店に行くと、カウンター席に座る彼女がいた。
しかし店に入る直前になって電話が鳴り、急な呼び出しで社に戻ることに。そんなこともありながらも、マスターからの暗号はその後も何度かあった。忙しい時期だということもあったが、それでも彼女と偶然を装って隣に座り短い時間でも充実した楽しい時間を過ごすこともできた。もっと彼女を知りたい、ずっと一緒にいたいという思いが募っていっていた。

でもここ最近、なんか避けられてるような気がしてならない。社長と取引先という関係上、年齢に関係なく敬語を使っていた彼女に、この店でぐらいフランクに話して欲しいと言ってから、徐々に何故か彼女の態度が変わってきた。なんて表現していいかわからないが、しいて言うならこっちを見てくれることが減った。俺は何か気に障ることをしたんだろうか。


つづく。




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