気になる存在 2(創作)

【どこかにあるようなないようなそんな時間。
        続くようで続かないお話 】



外からお店の中が少し見え暖色系の照明でどこか温もりが感じられ、お店全体が落ち着いているそんな雰囲気を漂わせていた。カウンター席がしっかりとしていそうな感じが気になり足が向いた。カランカランとドアベルが響くと、ちょっと怖そうながっしり体形のマスターらしき人がこちらを向いた。と同時に足が止まり心の中で「やめる?」と思った矢先にマスターの「こんばんは」という言葉とくしゃくしゃとした優しい笑顔にその思いはかき消されドアを閉めた。
「お好きな席にどうぞ」と言われカウンター席に座った。
「ビールを飲みたいんですが黒系でオススメありますか?」と伝える。私はお酒は好きだけど全く詳しくない、でもビールなら黒が好き。それにこんな風にこだわりがありそうなお店のオススメを飲んでみたかった。
「じゃぁ今日はこれだね」と出してくれたビールは普段飲んでいるより香りがよくてこっくり感が増しているように感じた。
「ふぁ~おいしっ」言葉にならない声が出てしまい思わず顔を上げると、ひげを生やしたクマさんみたいなマスターは器用にウインクをしてみせた。
このお店好きかも、そう感じさせるのに時間はいらなかった。

それからも時々このお店に通うようになった。
ここだと立場や年齢に関係なく様々な人とマスターを通して知り合え、色々刺激を貰える場所になっていた。

いつものようにカウンター席でクラフトビールを楽しんでいたら、背後から声をかけられた。振り向くとシンプルなダボっとしたジャケットを羽織るすらっと背の高い男が立っていた。

「こんばんは。隣良いですか?」

さらふわっとし落ち着いた髪色で、人懐っこい表情を浮かべながら私の顔を覗き込んできた。

「こんばんは、他もあいて・・・」と私の言葉を待たずに彼は隣に座っていた。平静を装ってはいたけど、内心は落ち着かなかった。

パッと見は何十人もの社員を抱える経営者には見えない。とこれは私の勝手なイメージでしかないんだけど。
私がこの人の会社と取引をするようになって数年が経った。初対面ではそこまで若いと思っておらず、後に私より10近く若いと知ったときはのけぞりそうになった。そんなことをぼぉ~っと考えていた時「聞いてる?」と声がした。

「あのさ俺のこと嫌いでしょ?なんか最近微妙に避けられてる気がするんだよね。」と、的外れとは言えない避けられてる発言に声が上ずりそうなのを必死に抑え、「そう?ただ若い人が苦手なだけだと思いますけど。」
「若い人って・・・俺の方が年上みたいってさっき他の奴らに言われたばっかりじゃん。」
「それは。。。でも10も違うんだから若いでしょ。」
「俺は年上って思ってないけど、気にしてんのはそっちだよ。」
「。。。気にするでしょ、同い年なら好きだったかもしれない。でも40も超えたら愛だの恋だので浮足立つ怖さが、ブレーキをかけるものなのよ。」と、彼のにやけた顔を見ると同時に自分の発言を深く反省したが時すでに遅し。

「好きなんじゃん、俺のこと。」とニヤニヤした顔がまぶしすぎる。「・・・若かったらって話でしょ、素直に告白なんてしないから」彼の表情がにやけ顔から、すっと真面目な顔つきに変わった。

「へー。でもさ、それって言い訳なんじゃないの?いくつだろうと浮足立ったって、かっこ悪くたって、みっともなくたって好きだったらいいんじゃないの?人を好きになることに年齢なんて関係ないでしょ。それに気にしてるのは案外本人だけで俺は全然気にしてないんだけどね」

と、言い終わると彼はグラスを空にして2杯目をオーダーした。私は自分のグラスについた水滴を指でなでながら、一つ息を吐いた。

「そりゃぁ若かったときは、それこそ痘痕もえくぼじゃないけど相手のどんなことでも素敵に輝いて見えてその恋に溺れていても、そんな自分を楽しめていた気がする。傷ついて泣いても怒って泣いても、ほんの少しの時間が経てば、それも恋愛の醍醐味だぐらいに思えていたかもしれない。でも、きっと今同じことが起こったら立ち直れる気がしない。そもそも恋愛を楽しめる余裕もない。私だって昔はいくつになっても恋愛をしていたいって思ってたよ。でも実際は同じ年齢とか若いとか関係なく、誰かを好きになること自体が怖いのかも・・・」

と、何年か前に裏切られて別れた元カレのことが浮かんで心がチクリと痛み、浮かんだ顔を振り払うように残り僅かになったビールを一気に飲み干した。

「それって傷ついて立ち直れない前提で話してるけど、その当時とは全然違うわけじゃん。俺はその当時付き合ってた奴じゃないし、きっと最初から最後まで見える俺の全部は本物のえくぼだから大丈夫だよ」と、わかるようなわからないような例えを恥ずかしがることなく言い切った。そんな彼と目が合うと、二人して同時に吹き出し一気にその場の空気が柔らかくなった。

「まぁ全部が本物のえくぼってのは大げさだけど、もし一緒にいる間に見え方が変わってしまっても俺の痘痕も悪くないって思ってもらえるように努力するから。だから俺と付き合ってほしい。」

予想外の告白に思わず視線を外し、私は黙ってしまった。目の前にいる人を私は好きだけどまだ若い彼のことを思うと、ただ好きなだけで一緒にいる選択をして彼の人生を、彼が将来持てるかもしれない子供を、私と一緒にいたら持つことができない。40歳を過ぎてからずっとそんなことを考えていた。本当はそれが理由で恋愛から遠ざかっていた・・・のかもしれない。好きなだけではどうしようもないことがあるってことを、年齢を重ねるごとに痛いほど感じるようになる、誰かを好きになればなるほど苦しいことも。どう表現していいのかわからない感情が沸き上がり、何か言葉を発したら涙がこぼれ落ちそうなきがして、何も発せられずにいた。

「ごめん、今すぐ答え出さなくてもいいから。もう少し時間をかけて、それからでいいよ。でもさ、今度のクリスマスやお正月は一緒に過ごさない?もちろん恋人になりたい前提の友達としてだけどさ。」と、優しく微笑みながら私の胸の内を表情で読み取ったかのような提案に、私は彼を見つめながらコクリとうなずいた。

「にしても、俺がずっと好きだったのには気づかなかったんだ?ここでも結構遭遇してたと思うんだけど、あれだってマスターに頼んで教えてもらってたんだよ」と、マスターの方を向くと、申し訳なさそうに「君が来ない日も通ってくるからさ、常連のよしみで君が来たときはコッソリlineしてたんだよ、お節介だったらって思ってたけど、君が彼と一緒だといい表情していたからついさ。」と二人の前にオーダーしてないビールが置かれた。「まだおめでとうってわけじゃなさそうだけど、一歩踏み出せたお祝いってことで」そう言いながら器用にウインクをして他の常連客のもとに戻っていった。

そんなことが繰り広げられていたとはつゆ知らず、しかも私は彼の気持ちにも全く気付かずにいたのか・・・頬が熱くなっていたのはお酒のせいでも好きって気持ちだけでもなさそうだと思いながら、綺麗に注がれたビールを持ち、「ありがとう」と彼のグラスにコツンと当てつぶやいた。




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