男性ホルモン

 この前読んだオードリーの若林さんの著書である『ナナメの夕暮れ』に書いてあった「男性ホルモンについての考え方は面白いと思って、若林さんの考えを加味して僕なりに考えを書こうと思う。


 僕も高校生の頃、若林さんが書いていた通り「男性ホルモン」がたくさん分泌されていたと思う。僕は高校生の時、県内でそこそこ強いサッカー部に入っていた。その頃を思い出すと、たぶんこの人生で1番大きな声を出していたと思うし、年間の走行距離が出るとするならば恐らく生涯TOP3を総なめするだろう。僕はあまり試合に出ることはできなかったのだが、「試合に出よう」「点に絡んで成果を出し、評価を得よう」と考えていた。そして土日は練習が開始する1時間前に学校に行き自主練習をし、練習後は30分程度筋トレをしていた時期があった。そして、今になってときどき思うことが「あの頃の情熱はどこに行ってしまったのだろう」「今の自分はもしかして無敵なのではないのか?と思わせてくれくあの熱さは消えてしまったのだろうか」と。そして、『ナナメの夕暮れ』を読んで「あー、自分もあの頃と比べて男性ホルモンが減ってしまったのか」と思った。確かにあの時より彼女を欲しいとは思わない。就職活動の今になってあの頃の自分ならばもっと大胆で成功を引き寄せるような選択をできたのではないかと思う。


 僕は中学校の頃から「何か世に残るものを残したい」と思っていた。そして高校生になって何となくだが「世の中に人を残す」ことは結構すごい事なのでは?と思えるようになり、高校生の僕が必死に考えた結果、教師という職を目指そうと思った。よくやった高校生の僕、なかなか決断できないことだぞ。鬼滅の刃の話ではないが、人の思想や思いは聖火リレーのように人の心のどこかに灯り、受け継がれていくのではないかと思っていた。これはたぶんサッカーをしていた経験からだろう。だが、いざ職を探そうと思ったとき何か違うような気がしてきた。ストレートを投げているのだがど真ん中ではなく、アウトローやインハイばっかり投げている感覚だ。こういうことを考えている時は雲を掴もうとしている感覚に似ている。そして、僕は大学4年になり、いろいろ考えた。世の中はコロナ禍と言われているなか、僕は逆に改めて考えを深めることが出来たと思う。「世の中に残せるものを残したい」ということを考えると何か作品を残したいという気持ちが出てきた。それは、もちろん本を書く、俳優になってドラマに出る、YouTubeチャンネルを解説して動画投稿をする、映像の監督になり映画を撮る、プロデューサーになってアイドルを育てあげ誰かの心の支えになる、いろいろな方法がある。コロナで外に出られなくなったときに暇な時間を潰し、心を豊かにしてくれたのはこういった作品があったからだ。今、パッと思い浮かんだのは宮藤官九郎さんだ。多岐にわたって活躍しているイメージがある。

 僕は明日何者になるのだろうか。こう言ったクリエイティブな役柄はあるのだろうか。今思い描く夢をかなえるためには社会を知らなければいけない。世の中を直で見なければならない。今年で22歳、これがかなうのは何年後なのだろうか。

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