見出し画像

村人Bの私が、なぜmiracoを立ち上げたのか?

美人でも秀才でもないし、特別な才能もない
学芸会の配役で言ったら名前もない「村人」しかも「B」という存在感の私が、2017年の3月いきなり国会の厚生労働委員会で意見陳述をした。

今思えば、「おまえ誰??」って感じだったと思う


さかのぼる事約40年前。兄3人の末っ子だった私。
テレビを兄弟で見ていたら、母がいつも私だけに声をかけ「女の子なんだからお手伝いしなさい」と言った。男たちは寝転がってテレビを見続け、女はせっせと家事をする。家のリビングの壁には謎の文字(教育勅語)がかかっていた。

一方、当時1985年に男女雇用機会均等法の施行で、女性の社会進出に注目が集まるムーブメントがあり私が社会へ出るころには、もっと男女平等が進んでいるに違いないそう思っていた。

しかし実際に社会に出てみると・・・

「ブス」「おっぱい触らせろ」「巨乳の奴はバカだ」など外見についてのセクハラ。

「女は黙ってろ」「女の担当はダメ」など性別を理由にしたパワハラ。

最初は「自分に実力がないからだ」と思っていたけれど、周囲で起こる理不尽は「女性だからじゃね?」と思うようになり、日に日に不均衡な社会の構造に目が向くようになった。

待機児童の壁にぶち当たる

社会人として、建設業界の中でなんとかサバイブしてきた。が、15年前に子どもを産んだら「待機児童」という壁が立ちはだかる。

「え?少子化なのになぜ?」でも、この問いに誰も答えてくれはしない。

加えて復帰直前に「天野さんにお願いできる仕事は事務しかありません。辞めますか?事務にしますか?」とマタハラ攻撃。
今仕事をやめたら子育て落ち着くまで無職か…そう思ったら事務職×時短で給料が1/3になっても続けるしか選択肢がなかった。(※育休を理由とした降格は違法です)ここでも「あー、また女だからか」と。

8年後の第3子を妊娠すると「#保育園落ちた日本死ね」が話題になり、時の総理が「そんな誰だかわからない人」と言い更に炎上。
気が付けば私も一緒に怒っていた。だって、こんな理不尽な社会って単純におかしいでしょ?

ただ、怒っていても権力者は取り合ってくれない。それが今の社会の現実だということは村人Bはよく知っていた。

戦略を練る

というのも、当初「保育園を増やしてほしい」という署名を地元のママ友たちとはじめ、市役所に署名を提出した。その後計画がたち、事業者も決まり喜んだのも束の間。事業者への疑義や、近隣住民の反対もあって、計画は白紙になった。

NIMBY「(必要なのはわかるけど)自分の裏庭(=In My Back-Yard)ではやらないで(=Not)」になる気持ちはわからなくもないけど、社会の理解をどうって得ることができるのか?問題の根本は何か?頭を悩ませた。
結論は、
①こども子育てに予算が少なすぎること。
②意思決定者の本気がみえないこと。

だった。

そこで、問題構造を読み解き、「どうやったら意思決定層の心を揺さぶることができるのか?」ということに頭を捻りまくった。
捻りだした結論が、「怒りのパワー」をやめて「ポジティブパワー」に変換し、「量を可視化」し、「解決策を提示」することだった。

戦略を実行

「『#日本死ね』の代わりになるポジティブムーブメントを起こしたい」と、育休中の新聞記者の友人に相談した。

すると、彼女は「私も育休中だし、色々やってみよう!」と彼女と吉祥寺のママ友たちと共に計画を練った。会にも名前をつけた。
「希望するみんなが保育園に入れる社会をめざす会」(のちに、みらい子育て全国ネットワークに名称を変更)
 みんなが持つ得意(リソース)を重ね合わせ、FJ (注:NPO法人ファザーリング・ジャパン) のイベントに潜入して駒崎弘樹さんをナンパ?し、当時朝日新聞社にお勤めの浜田敬子さんを訪ね、日本総研の池本美香さんにお願いし、2017年3月7日「#保育園に入りたい」の院内集会イベント実施にこぎつけた。
参加者は、SNSを見てきてくれた子連れのママやパパたち。新聞社もテレビ局も取材が入り、会議室は総勢200人~300人あふれんばかりの人。今で言ったらかなりの「密」でした。

※院内集会とは国会議員の事務所が入る会館の会議室で、政治家に現在の社会問題を提起し、解決を図ろうとするアクションで、恐らく院内にこれだけの子連れが集まったのは、後にも先にもコレが一番だったのではないだろうか。

ちなみに、小島慶子さん、マツコ・デラックスさんや、京都大学の柴田先生にも「初めまして、突然ですが」と不躾メールを送り付けたりした。皆さんとても良い方で、スケジュールが合わずお断りされてしまったが、めっちゃ応援してくれた。

量を可視化するため、SNSでも不承諾通知を写真でアップしよう!と呼びかけ、解決策を提示するために、チェンジドットオーグで署名のキャンペーンも同時に行い、署名を自民党の待機児童対策PTへ提出した。

その結果、院内集会のイベント中に参加した国会議員から
「天野さん、来週厚生労働委員会があるから、そこで参考人として話してもらえないかな?」と声を掛けられた。
「え?来週?・・・(ランチのお誘いくらいの軽いノリで)…国会???
(委員会は確定申告の締め日前日。次の日私は死にそうに混んだ税務署に0歳児をおんぶして3時間並ぶことになる)

そこで村人Bは国会デビューを果たすことになり、その後3回委員会で陳述を行うこととなったのだ。

怒りよりも「解決したい」

院内集会に多くの人が集まったのには、理由があった。(もちろん怒りもあったけれど)それは怒りよりも「解決したい」という思いだった。

これまで待機児童問題が解決してこなかった最大の理由は、当事者が入れ替わる事。
子育てには次から次へと問題が発生するため、当事者が問題に感じたとしても、のど元過ぎれば熱さを忘れてしまうからだ。(言っておくが、別に当事者が悪いわけではない。子育てにおいて問題が次から次へと起こることが問題)

何を隠そう私だって、8年前に待機児童を経験しておきながら、のど元過ぎて忘れていて、第3子でまた熱い煮え湯を飲まされているのだ。

だからこそ私たちの代で終わりにする。
解決して、自分たちの子どもに同じ思いをさせない
問題解決に必要なのは、粘り強さだ。
そんな思いでいたら、仲間が集まってきた。
それがmiracoのメンバー。
完全にボランティア。永田町へ行く交通費だって、コピー代だって自腹。仕事を休むこともあるから有休だって減る。それでも社会を変えたい。良くしたい!静かに怒り、熱く語る。そういう思いを持った村人だ。

miracoが解決してきたこと

集まった村人は、一般的に言ったら変人の分類なのかもしれない。
だって、個人に還元される金銭的メリットは一つもないし、家族から良い顔をされないことだってある。SNSで切り取られて叩かれることもあるし、この間ツライ思いをしたのは代表の私だけではない。

でもその愛すべき変人たちのおかげで、miracoは2017年1月~活動を開始し、子育ての問題提起と解決に常に関わってきたという自負がある。
・待機児童⇒解消に貢献
・保育士の処遇⇒改善に貢献
・男性の育休⇒法制化に貢献
・子育て世代の政治参画⇒40以上の自治体選挙で見える化を実現
・日本版DBS導入⇒こども庁で進行中
・学童の参酌⇒署名提出
・東京都の受動喫煙⇒小池百合子都知事訪問⇒条例成立に貢献
・児童手当⇒所得制限撤廃(進行中)に貢献

こうやって挙げてみると、我ながらなかなかの功績だ。
すごいぞ。愛すべき変人たち!
そんな訳で、私たち「みらい子育て全国ネットワーク」の運営メンバー
すなわち愛すべき変人、もとい村人たちが「なぜ私がmiracoに参画しているのか」というエッセイを毎週火曜日に、更新していくので、是非読んで欲しい。というか、私が最も楽しみにしているかもしれないwww。

そして、一緒に解決に関わりたい!主体的に関わって行動したい!という村人が居たら是非ジョインしてほしいと思う。

政治家や権力者にならなくても

私自身、よく「政治家にならないの?」と言われることがある。
確かに、私たちのやっていることは当事者の声を聞いて、集めて、まとめて伝える。という政治家がやるべき行動だし、ナンデ無料でやってんの?どんだけいい人www??って思う時もある。

しかし、政治家や権力者にならなくても、村人だって社会を変えられる。
そのことを知ってしまった今、私は政治家になることはないと思う。
だからこそ、政治家にならずに村人のみんなとより住みやすい社会を作りたいと思う。だからこそ、あなたもmiraco村の村人になって社会変革の風を一緒に感じないか?



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?