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駐在記 情報通

 日本の片栗粉はたいがい、馬鈴薯からできている。

 タイでは、タピオカの片栗粉を使っていた。タイ語の下に「玉葉片」と書いてある。タイ文字のほうは結局何と読むのかわからないままだ。

 先輩駐妻に聞かなければたぶん、日本のじゃがいもの片栗粉しか使っていなかったと思う(というよりそれが片栗粉だとは知らなかったと思う)。

 日本の片栗粉が切れたので、先輩駐妻の言葉を思い出し、購入。
 使ってみたら、これがあなた!

 すっごくいい!

 しかも、安い!

 じゃがいもの片栗粉よりサラサラで、よくついて、ダマにならない。から揚げもからっと揚がる。

 新しい土地では、そうやって人に聞いたり、自分で試したりしながら、少しずつその土地のことを知っていく。口コミ情報の重要性は、いかにネットが発達しようと、フリーペーパーが便利だろうと、古今東西変わりがない。

 失敗覚悟で試してみるのも大事だ。

 オクラはもともと南国の産物なので「さぞかし美味しかろう」と思って買うのだが、買ったその日に食べないと、ふにゃふにゃになってしまう。

 きゅうりは大味で、少々水っぽい。にんじん・レタスは、美味しい。じゃがいもは、メークイーンのみで男爵がなかった。なす・トマトは、皮が硬く、包丁を立てても切れないほど。赤道に近い強い日差し(紫外線)に当たると硬くなるのかな、と思っていた。いんげんはなかなか立派。

 セロリは「タイセロリ」という細いセロリしか置いていなくて、香りは確かにセロリなのだが、形状が違うので、筋を取るものなのか、どう調理するのか、結局わからなかった。

 スーパーの野菜は、流通を経て来るので新鮮さに欠けるのはいたしかたない。ではタラート(市場)の野菜はどうか、というと、これが「かなりの量の農薬が使われている。その証拠に腐らない」というまことしやかな噂(真偽不明)があり、当時色々神経質だった私は結局スーパーの野菜に頼った。

 駐妻友のひとりは「野菜教室」で先生に就いて習っていた。タイの野菜は独特で個性的なものも多く、やはり知っているのと知らないのとは大違いで、私と彼女の家族では、おそらく在タイ中の栄養状態まで違っていただろうと思う。彼女は「ちゃんとしたタイ野菜の市場」を知っており、野菜については「目利き」だった。

 私は結局、食品に関しては在タイ中ずっと、自分が知っていて慣れているものしか食べなかった。もったいないことをしたものだと今なら思うが、あの時の自分の状況を考えれば致し方なかったとも、思う(自己弁護)。

 以前フリーペーパーの話をした際、『バンコクマダム』で「バンコクマダム座談会」をやっている、と書いた。

 こちらでは駐妻が何人か集められ,、編集部がピックアップした商品の食べ比べをする。ここで紹介されていた商品を購入の参考にすることもある。

 在タイが長い駐妻や、好奇心が強く開拓精神に溢れた駐妻たちは、驚くほどいろいろなことをよく知っている。様々な場所に出かけ、色々な商品を自ら試し、非常に情報通な人がたくさんいた。

 お米のことを教えてくれたのも、フロンティア・スピリットに溢れた駐妻友のひとりだった。

 スーパーのお米ではなく、タイ郊外でお米とコーヒーを作っている日本人の農家さんから送ってもらっている、という。そんなことができるとは知らなかったので、聞いたときは驚いたものだ。

 そのお米が、本当に美味しかった。日本のお米はジャポニカ米といい、タイのお米はタイ米といって、形も味も違う。

 タイ料理にはやはりタイ米が合い、こちらはタイの人々から「やっぱりジャスミン米、絶対ジャスミン。高級であればあるほどよいお米」と勧められた。こちらはスーパーで売っていた。確かに高級感のある鳳凰(ほうおう)の華やかなデザインが施されていた。

 日本のジャポニカ米も、数種類売っていた。おそらく現在は、もっとたくさんの種類のお米を売っていると思われる。もちろん、選べるほどのお米が売っているのは有難いことだ。それでも当時のタイで作っているジャポニカ米は、どうしても日本のお米には劣った(という気がした)。かといって輸入品は高く、しかも古米になる。

 日本のお米と同レベルの新鮮なお米が食べられるというその情報は画期的だった。それ以後、彼女に紹介してもらってそこのお米を取り寄せた。取り寄せだから送料は少しかかるが、輸入米よりは安かった。

 しかしこの「配達」が曲者だった。

 タイでは基本的になんでもたいてい、バイクで配達される。そうでないと、渋滞に巻き込まれ、到着がいつになるかわからないので約束できないからだ。タイの道路を眺めていると、どう考えても積載量オーバーな荷物を運ぶバイクを見つけることが、よくある。

 日本の優秀な「宅配」をイメージしていると、痛い目に合う。途中で落としたらしく引きずられた跡があったり、段ボールの箱がボコボコになっていたり。お弁当なんかはたまにひっくり返っていることもあった。まあそれでも、到着すればよし、としなければならない。

 もちろん、ほとんどの企業や店は細心の注意を払っていたと思われる。お米屋さんでも、特別にバイタクを雇っていて、事故のないように目をひからせていたらしいが、それでも途中で何事かが起こることはあった。

 穴が開いてこぼれている、となると、さすがに食品なだけに、お米屋さんに連絡することになる。いちど酷い時は、お米のパッケージにくっきりと足跡がついていた。返品交換に応じてくれ、何度か、お米屋さんが自ら配達してくれた。申し訳なかったが、お米屋さんの方もそこは慣れたものだった。

 さてもともと、テイクアウトサービスは充実しているタイ。食べ物はたいてい何でも、持ち帰ることができた。ことに屋台持ち帰り時のビニール袋を輪ゴムで止める技術は素晴らしかった。空気でパン!と張ったビニールに食材がおさまり、持ち運びの際中身がつぶれることが無い。お祭りの時などに綿菓子を詰める袋のような感じだ。屋台だけではなくいろいろな場所でその華麗な技を目にすることができた。

 在タイの長い駐妻の中にはその技術を習得し、持ち寄りランチの後などには、ビニール袋を膨らませてクルクルと止める、あのテクニックを、ごく自然に用いて持ち帰りにしてくれる人もいた。

 今はこういうご時世なので、ひょっとしたら「配達」はさらなる進化を遂げているかもしれない。


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