卒業の言葉 #シロクマ文芸部
卒業の春が来ました。
今、私は心から切実に願っています。
「うっかり」から卒業したい、と。
1年に1度くらい、やらかしてしまうのです。
うっかりミスとか、うっかりじゃないミスを。
夫は「1年に1度だと思っているのか」「年イチですめばいいけどな」とチクチク言ってきますが、「ああっっっやっちまったよぉぉ!!」と涙がにじんでくるレベルのミスはだいたい1年に1度くらいです。しかも、この2、3年はそこまでのミスはなく、まあ自分もちょっと大人になったかなと思っていました。
でも、やらかしちまったのです。
そしてこういうときに限って、焦って二次被害を引き起こします。
今回も二次被害を生んでしまい、さらに追い込まれてしまいました。
いったい何をしでかしたのか?ということをお聞きになりたいと思います。でも、すみません、卒業式でくどくど説明するほどのことではないので、割愛させていただきます。
ちょっと注意していれば防げたことでした。
これが受験の時だったら死ぬほど神経を尖らせていたでしょうし、うっかりミスが子供の人生を左右するような万が一のことがあったらそれはもう大変なことです。ダメなものはダメ、ということがこの世にはあるのですから。
今回のミスは、そういう類ではありません。
でも自分的には「また」なのでした。
「また」同じ過ちをやらかしちまったのです。
やらかしちまって、やらかしちまった悲しみに呆然としているのです。
後悔先に立たず、とは良く言ったものだと思います。先に何の対策も講じていないから後で悔いるのです。起きてしまったことの結果は変わりません。じゃあ後悔なんてしなければいい。でもするのです。悔いることは後からしかできないのです。
私は今、忸怩たる思いで唇を嚙みしめています。
例えば、誰かが今回と同じミスを犯したら私はどうするでしょう。
基本的に私は相手のミスに寛大です。なぜなら私はよくミスを犯すからです。失敗しないあの女医さんも、本当にミスをしないのではなく、医者たるもの絶対にミスがあってはいけないから自分に言い聞かせるために失敗しないと言っているとスペシャルの時に言っていました。ミスしない人などいないのです。ですからよほど命や人生を左右するようなミスでない限りは、そういうこともあるよねと思い、次に同じことがなければいいやと思います。でも世間さまが皆そう思うかと言ったら、それは違います。
ちなみに、息子には、教育的指導の意味から彼のうっかりミスにはあたりがキツくなりがちです。
そこは私の息子に生まれてきたが故に彼が損をしている部分だと思います。なぜなら私の血を引いているからこそ彼が「うっかり八兵衛 ※1」なわけで、にもかかわらず、そのうっかりを責められるからです。
彼は私の鏡として、私が自分を責める度合いで私に責められます。私は彼に、私がやらかして激しく後悔してきたうっかりの数々をそれ以上拡大再生産しないために、将来、世間様に小さなものから大きなものまで多種多様なご迷惑をかけることにならないために、自分のうっかり気質に早めに気づいて欲しい、と願ってしまうのです。それで、どうしても彼に対して強く言ってしまいます。ですが遺伝的環境的気質というのはそう簡単に改まりません。まったく、「この子にしてこの親あり。この親にしてこの子あり」です。
話が逸れましたが、相手のミスに対しての許容範囲は、人によって違います。
おかれた立場や相手との関係、性格によっても反応が違うし、ミスの内容によっても、許せるものと、どうしても許せないものがあると思います。
お金のことは許せない、とか。
嘘が許せない、とか。
日時を間違えるのは許せない、とか。
時間に遅れるのが許せない、とか。
パートナーに対し異性とふたりでの食事は許せない、とか。
約束を破るのは許せない、とか。
食事の時音を立てるのが許せない、とか。
シモの話が許せない、とか。
言葉遣いが許せない、とか。
だいたい、お金と時間と性とモラルに絡むことが多いようです。
すべて社会人として守るべきルールに絡んでいますが、なぜかうっかりが発生しやすい事項でもあります。うっかりなのか確信犯なのかということもことの軽重に関わりますが、とにかく誰かにとって絶対許せないポイントは、小さいことでも、一回限りでも、多大なストレスであり、当然、離婚や別離、友達やグループの決裂の理由になりえます。
少なくとも「うっかり」していいことなんてひとつもありません。
信頼や信用が失われることであるのは古今東西変わらないのですから。
相手の好意のバロメーターがダダ下がりになることは、できれば避けなくてはなりません。
毎回反省して懲りないのは、本質をちゃんと理解していないからだよ、と私は息子に言います。もちろんそれは今、巨大なブーメランとなって私に返ってきています。痛いっ。
今この場を借りて、心から反省の意を表し、謝罪いたします。
本当に申し訳ありませんでした。
私は今日、うっかりを卒業します。
もちろん、今後もたくさんのうっかりに出会い、うっかりにぶつかって、うっかりに打ちのめされることもあるかもしれません。
それでも、うっかりを克服しよう、という強い心を持って、改めて社会に出て行きたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
2024年3月9日
卒業生代表 うっかり八兵衛の母吉穂みらい
(※1「うっかり八兵衛」とは昭和のドラマ『水戸黄門』に出て来た水戸光圀一行の旅のお供をするうっかりものの町人のこと。「こいつはうっかりだ」が口癖)
了
「卒業の」のお題、2記事めです。部長、よろしくお願いします。
ちなみにこのときの問題はおかげさまで無事解決しました。
反省を次に活かしていきたいと思います。
いやほんとまじで。笑
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