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昔話

昔語り
~迷い猟犬が居た日々~

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気が向いたら投げ銭とか、おひねりの感覚でお願いします。私が張り合い出て、ご機嫌で過ごせます。

昔話 

*…**迷子の猟犬が居た日*…*



冬が近づく季節になると、ふと思い出すことがある。優しい”ジョン”と言う名の家族。


…狩猟解禁…

山の広葉樹と、唐松の葉が落ちて
少しだけ見通しが良くなる山林では
文化の日を境に狩猟が解禁される。
枝の隙間から見上げる晩秋の空は、影絵の様で。幼少の頃から林を歩くのが好きだった。

ズガーンと
山林にこだます銃声。
鳥の羽ばたく音。
獣が枯草を踏みにじる音。
山に入ることを禁じられる季節。
その始まりは毎年11月3日。

正月飾り用の松などを山から頂く様な時に、
山を荒らしたりしないことが、地域の暗黙の了解だった。私は亜高山帯ならでわの植生、生物が楽しみで、幼いながらも、ちょっとした冒険を楽しんでいる子供だった。

山を歩く時は、熊やニホンカモシカ、猪を除けるため、派手な色合いの服装で
鈴を着けたり、歌いながら歩く。
同時に、ハンターからの誤射を避ける為だ。

兎、狸、山鳥、キジなどを目当てにレジャーハンターが、また時には害獣駆除として、猟師さんが散弾銃が使うので、逃げ切れないから。

賢そうな猟犬を連れてさっそうと歩くハンターは、どこかしら別次元の人に見えたが

リード無しで、誇らしげにご主人の後についていく猟犬は、かっこよく見えた。
それを見て、いつか大人になったら、ジープに犬を乗せて山を歩きたいと憧れた。



…………………………

それは成人してしばらく経った日の、ある都会の街の美容院。
待合席の壁には、子犬のブリーダーからの、流行の犬種の描かれたポスターがあった。

血統書つきって、こんなにするのか…。
なんて、犬を飼える暮らしを羨ましく読み進むとその脇に、

「捨てられている猟犬」

についての記事が張られていた。

…甦る遠い日の記憶


まだ私が小学校に上がる前のこと。
保育園から帰ったら
…大きくて綺麗な犬が居た。



なんてきれいなんだろう。


駆け寄ろうとする私を制止する両親。

「まだ、どんな犬か解らないからしばらくは近づくな。」

「なんで美緒はだめ?」

「これは猟犬だ。鉄砲で撃った鳥を拾ってくる犬だ。」

「じゃ、おりこうだね。」

「でも、知らない人の家に来たばかりだし、気が立ってるかもしれない。
 美緒みたいな子供は、犬に噛まれたら死んでしまうよ。犬は強いんだ」

「さわりたい、さわりたい!」

「あと3回寝たら触れるかもしれない。だから我慢しなさい。」

部屋からきれいな犬を眺める暮らしが始まった。
こげ茶色の美しい毛並み。
多分、セッターではなかったかと思う。
自分の顔と同じ高さにある犬の鼻。幼児にはとても大きく感じた。


3回寝なくても、この犬に触ることができた。
とても賢く、優しいメスの成犬だったし、よく訓練されていた。

子供の好奇心で
背中にまたがっても、耳をひっぱっても
実に優雅にするりと身をかわし
私の脇にお座りか伏せの姿勢でしっぽを振っている。
エレガントなご婦人といった風情だ。


我が家に来る前は何と呼ばれていたかは知らない。
何だか知らないが、父が「ジョン」と呼ぶので、彼女は仕方なく「ジョン」で反応するようになってくれた。


父は狩猟をしない。
なのに猟犬がいきなり我が家に居た理由は、
好奇心でいっぱいの「なぜ?なぜ?娘」の私の格好のネタだった。


・・・・・・・・・

ジョンが来た日。

父は朝から民家の集落から離れた所にある
山林の中の畑に仕事に行っていた。
父が幼い頃に祖父と開墾した畑で、周囲を唐松林に囲まれた山の中にあるのだ。

軽トラックを停め、川から水を汲み上げる作業の準備をしていると、綺麗な犬が父を見ていたそうだ。
近づくと一定の距離をとって逃げるが、
しばらくするとまた見ている、という状況を繰り返したそうだ。

捨て犬、迷い犬。

この辺りではよくあることで、春先、狩猟期を終える頃に
老いた猟犬が置き去りにされたり

狩猟デビューしたての新米猟犬が
飼い主の元に戻れなくなり、迷ってしまうパターンがあった。


・・・・・・・・・

「なんで、りょうけんすてちゃうの?」

「年寄り犬は、鉄砲で撃った鳥やウサギを見つけられなくなるから仕事ができなくなる。
猟に連れて行けないから、新しく犬を飼うと、そんなに何頭も飼うの大変だって、山に捨ててくんだ。」

…思えば父も、幼児相手によく話してくれたものだ。


・・・・・・・


昼過ぎまで仕事をして、トラックに戻ると、まだその犬がいた。
(もしかしたら、飼い主が探しにくるかもしれない。)

父はその場を離れた。

昼食をとり、また作業をして日暮れに、トラックに戻るとやはりそこに、父を遠巻きに見つめる犬が居た。

(…捨て猟犬だな)
なんとなく父は思ったという。
日が落ちる時刻には狩猟はできないから、飼い主はすでにこの山から離れているようだ。

何より、美しい洋犬がこんなにやつれて、
田舎の山奥に1頭で居るはずもなかった。近所の家では、洋犬を飼っている家はなかった。

自動車に乗れば狩り場に行き
また自動車に乗って帰宅できる…

だから犬はトラックの傍でうろうろしていたのだろう。

林に見え隠れする洋犬に
迷っていた父が声をかけた。


「来い!」


戸惑うように洋犬は反応した。

持っていた食べ物を置き、様子を見た。

洋犬は静かに近づいてきた。

「来るか?…乗れ。」

洋犬は慣れた様子で軽トラックの荷台に乗った。
この犬は、一体どんな思いで

荷台に乗ったのか…。


・・・・・・・・・



「じゃぁ、やまはいぬで、いっぱいになっちゃうじゃんか。」

「それが、そうでもなくてなぁ…。」

「のらいぬになって、みんなでおおかみみたいになるの?」

「野良犬にジョンみたいなの、いないだろ?」


・・・・・・・・・・


置き去りにされたり、山で迷った猟犬は
ひたすら飼い主が迎えに来るのを待つ。
「待て」の指示を、忠実に守り続ける。
そして、死ぬ。

もしくは・・・

必死で飼い主を探す。
見知らぬ土地で餌も、寝床もなく、飼い主の匂いを探す。

きちんと躾けられているがゆえに
彼らは餌が取れない。
主人から与えられるドッグフード以外は食べてはいけないと。

せっかく撃った鳥や狸を、回収中に犬が傷つけないように、猟犬は訓練されている。

だから、沢で水を飲むくらいのことはしても
自分で狩りは、訓練された故にできないらしい。

たまたま出逢った飼い主以外の人間に
餌を貰っても、食べない事が多いとか。
ご主人以外からはご飯は貰ってはいけないと躾けられてたりするから。


故に、死ぬ。


そして犬種によっては、高冷地で生きるには寒さに弱いものもいる。
運よく生き延びても、
稀ではあるが、ダイヤモンド・ダストが舞う様なこの高原では、越冬できない。


・・・・・・・・・・

「じゃぁ、ジョン、よくうちにきたね。」
「腹もへって、さみしかったんだろ。もしくは、訓練が甘かったか…」



・・・・・・・・・・



「迷い犬を保護している」

と、事ある度に知り合いに話して、
父はジョンの元の飼い主を探していた。
それでも、飼い主は見つからなかった。
ジョンは、我が家の番犬として暮らし初めた。

ジョンは余り人に吠えるタイプではなく、誰かが来たり山からの動物が庭先に来ると、来たことは知らせていた様に思う。
私が保育園に行く、帰宅の時には、ただ尻尾を振っていた気がする。余りはしゃがない犬だった。父曰く、ジョンはおばあちゃん犬だろうと。

・・・・・・・・・・



ある春の日、保育園から帰るとジョンが居なかった。
子供の頃のことなので、時間経過があやふやだけど、たぶん1年程経ったある日のことだろう。

「ジョン、どこいったの?」
「もらわれてった。」


…寂しかった。
そこにジョンが居る風景が好きだったから。
ジョンは優しい犬だったし、私が初めて一緒に暮らした犬だった。

我が家に来た人がジョンを気に入って、連れて行ったそうだ。
大型犬を多頭飼いしている、裕福なお宅らしい。
珍しい毛色、美しく賢く、気性も穏やかなジョンは、見た人がみんな褒めてくれた。

でも、どこか寂しげだったように思う。
猟に行きたかったのか、何なのか、わからないけど。
いつも、遊ぼうっていくと、仕方ないわね…みたいな感じで尻尾振る、だったけど。特にじゃれ合った様な記憶というのが薄い。

ジョンが好きだった。
最初に遊んだのがこの犬だったから、今、犬好きで居られるんだと思う。
ジョンに抱きついて、たまに顔を舐められて、一緒におやつ食べて。

散歩したり、なんだかやたら広い庭を歩いて、出会うチャボの群れにフンッと鼻を鳴らす。
だけどカラスがチャボ隊を狙ったら、さり気なく庇って。
疲れたら昼寝。
いつも遠くを見ている様な風で。遠くの山の方を見て寝そべっていた。

たまに番犬のお仕事。私と一緒にお留守番して。
郵便屋さんがバイクで来ると、ちょっと嬉しそうだった。もしかしたら、以前の家族を思い出していたのかもねと、話した様な気もする。


父は、ジョンがうちに来る前の暮らしを想像していた。
多分、街に住む新しい飼い主となら、きっと猟犬時代以上に、我が家に居る以上に、
何不自由なく余生を送れるはずだと、ジョンを手放した。

今思うに、正直なところ、我が家では猟犬を飼う環境ではなかったように思う。以前は室内犬だった可能性も否定できなかった。

        ※※※※


…しばらくして、新しい子犬が家に来た。
たれ耳のふわふわの雑種。

          ↑代わりに来た犬

それがジョンを手放す条件だったと知るのは
このときだった。
家の子たちが、この犬をとても気に入っているから、居なくなると寂しがるからと。
柴犬かそんな感じの雑種で、中型犬を希望したらしい。

…でも

それはまた、別のお話として…。


・・・・・・・・・

美容室で見かけた張り紙
まさにジョンのことだなぁと思いながら読んだ。

幼い頃に聞いた話だから、猟犬の躾けやなにやら、記憶が不鮮明であるけれど、
当たらずとも遠からずだと思うのだ。

今の時代にもまだ、そういう捨て猟犬が居るのならばそれは、とても哀しいこと。

数多の動物の命によって
生かされてきた私だけど…

人と共に生きることを課せられた動物は、
最後まで人と暮らす喜びを感じていて欲しいと思うから。愛される対象、それだけでいい。

そうこれは
…何十年も前にあった昔の話。

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