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子どもの為に耐えている人へ

文章中の会話に、不愉快な気持ちになる表現があるかもしれません。
不快に思われた方には、お詫び申し上げます。

夫といるのは苦しい

帰宅時間になると緊張する
土日や連休、一緒に過ごす間はいたたまれない
仕事帰り、運転中、家事をしている時、子どもの顔を見ている時、不意に涙が出てしまう
一日に何度も叫び出したくなる
車で一人になった時、叫んでしまったりもする
でも、
何とか切り抜けよう
子どもはまだ幼なくて
子どもはパパが大好きだから
子どもが寂しい思いをするから
私一人では、きっと子育てしていけないから(実際その通り。後述する)
それに
夫婦はお互い様だから、とか
あなたが目をつぶればなんとかなるんじゃない、と自分の母親に言われたから
それに
環境を変えれば、夫も落ち着くかもしれない
真面目で優しい人だから
手をあげたりなんてしたことないし(でも物には当たるようになってきた)
ギャンブルなんてしたことないし
お酒もほとんど飲まないし(飲みに行かなさ過ぎるのも、怖い)
贅沢もしないし
いい人だから
でも、いつも夫の目に、指摘に怯えている

これらは全部、私が思っていたことで、言われたことで、
しかも母は私と娘のことを深く悩んだ末に言ってくれたのだ

「それ、もう末期だから」
私はあるママ友にそう言われて、雷に打たれた。
穏やかに晴れた春の朝、保育園の畑の前で。
殆ど喋ったことのない人だったけど、大変な離婚をしたばかりと聞いて急に話したくなり、私は失業したて、彼女はお休みと聞いて、自分の家庭のことをいきなり打ち明けたのだった。道端で。
自他共に認める頑固な私が、「末期」という遠慮ない一言に、完全にノックアウトされていた。
そのくらい、何かに虚勢を張って、私達の家庭は何とかなる、してみせる、するべきと、頑なに思っていたのかもしれない。
別居後に子ども達がみるみる明るくなった、顔が変わったよ、と彼女は話してくれて、それも私にはグッサリと刺さり、抜けなくなった。

確か翌朝、別のママ友に“やっぱり引っ越ししたい”と話すと、借家になっている家を見に行った?と。
前に教えて貰った家だった。
私はその足で借家を見に行き、その場で大家さんに連絡し、その日のうちに別居を決めた。

一人での子育ては、簡単じゃない。
だから私は、仲間、親、法テラスほかの社会資源、頼れるものは全て頼った。
今もそう。
元夫は、私の決意に、豹変した。
でも、私はなんとか生きて来たし、生きている。

「子供のために離婚はしない」と我慢しているなら、それはむしろ「子供のために離婚した方がいい」状況であることがほとんど。
これは、最近Twitterで見た言葉。

別居や離婚を、無責任に煽っているわけではない。
ましてや教唆とか、幇助とか、
誰が得をするのか。
元夫は、私の家族、私のママ友、私の弁護士さんに対して裁判でも教唆やら幇助を訴えていたけど、何一つ認められなかった。
当然だ。別居も、離婚も、誰からも勧められてなどいない。
全て自分で決めたのだから。

耐えているお母さんじゃなくて、ゲラゲラ笑っているお母さんを子どもは見たい。
あなたはゲラゲラ笑えていますか?
私は笑えているし、もう怯えてもいない。

どうか安全な場所へ。


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