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小指だけつないで(1/4)

 改札口を通り抜けたところで、無数の銀の糸が街路樹の葉を滑り、アスファルトを濡らすのが見えた。
 売店でビニール傘を買い求める人の列に連なろうとして、ふと思いとどまった。
『もう置く場所ないからね』
 先月も急な雨にビニール傘を買って帰り、しっかり者の綾子に玄関の傘立ての傘の束を見るように言い渡されたのだ。
 駅から続く上り坂の向こうは灰色の雲が切れてわずかに明るい。
 少し待てば止みそうな様子だ。

 傘の花が次々に開いて、散り散りに視界から消えていく。
 ロータリーでは、家族を迎えに来た車やタクシーが輪のようにつながり、ほぼ一定のテンポで国道に滑り出す。
 軒から滴る雫を見上げてぼんやりしていた時、足元から視線を感じてそちらに目をやった。

 赤いレインコートに長靴、ギンガムチェックの小さな傘。
 全てを赤で統一した、まるで金魚のような出で立ちの女の子が、じっとおれを見つめていた。
 体より大きな紺色の傘をかかえていなければ、迷子になったのかと思うほど唐突に、そこに立っていた。

「実那ちゃん、お迎えに来てくれたんだね?」
 膝を折って微笑みかけると、実那はまったく表情を変えずに腕を伸ばして長い傘を差し出した。
 子ども向けのサービスが空振りすると、大人としては結構悲しい。
 まあ、仕方がないか。
「ありがとう」
 傘を受け取り、ゆっくりと開く。
 それを見届けた実那は、くるりと回れ右をして先に歩き出す。
 おれも、実那に靴の先がぶつかったりしないように、かといって離れすぎない絶妙の距離を保てるように気をつけながら、夕方の雨の街に足を踏み出した。

つづく

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