見出し画像

覚醒するは・・・汝にあり!12


貴方は、既に、覚醒している、気付くだけで全てが変わる・・・



 今日で、note を始めて、ちょうど、3ヶ月目になります。



タイトルは、変わりましたが・・・(前のタイトルは、”苦難を超えて、栄光へ”)


今までお読みいただいた方々には、心からの感謝と、日々の祈りが、光と波動と共に届きますように・・・


既に、記事も35記事になりました。


今朝は、Am4:30頃に再び起こされて、次へ進めという事でした。


あと二百以上のメッセージと、新たな、緊急メッセージが、随時あるのです。


 私の名前、織笛 澪は、25年前からのペンネームですが、ライフ・クライシスが訪れた時に、絶望しないように、自分から、潜在意識にダイブすることを忘れないようにと思い、詩を書き出したのです。


 その頃の、同人誌掲載の詩が、『メタフィジカルなトランク』(形而上学的トランク)でした。
その前に、『クリスタル・バリア』という詩が、ありましたが、それは、商業誌に掲載されております。


 この詩は、今になって思えば、私の将来の、ライフ・クライシスを予感したような詩でしたが、過労が祟り、肺炎を起こして入院中に、書いた詩でした。


 詩の賞では、最高峰のH賞を受賞された、詩人の方が、その頃、広告代理店で、商業誌の編集をされていて、その方の目に留まったようなのです。


 その10年後に訪れた、ライフクライシス・・・
前述の二つの詩が、私にとっては、マイル・ストーンのようなものなのです。


 そして、現在の仕事に出会い、初の国内での国際的な展示会で、初出場で初入選の賞を頂いたのを皮切りに、長い苦難の歴史がありました。


 その中でも、こんなことが、許されていいのか、と言うような目に幾度も会いましたが、一番心が痛んだのが、織設計デザインやアイデアの盗用でした。


 疲弊した、産地を全国行脚しながら、何時か、この産業も、再び、脚光を浴びて、再興する日が来ることを願い、微力ながらも、拙い論文を書いて、国や公益信託の補助金を頂きながら、奇跡的にここまでやってこられたのですが・・・。


 その時、「私たちは、これから、子どもを大学に進学させなければならないので、お金になるかどうかわからない、仕事には付き合ってられない。」
と言われ、そっくり、材料も返してもらえず、さらに材料も買い占められて・・・最初の契約にはなかった、法外な機械代まで請求されたのです。



その時に、私は、このタイトルの元になった、「復讐するは、我にあり」
(新約聖書「ローマ人への手紙、)と言う言葉を、思い出したのです。


 私は、子どもたちが、将来自分の望む教育が受けられるようにと、粉骨砕身して、十分に準備してきておりましたので、家を出される時も、その心配はなかったのですが、この人たちは、今からその準備をしなければいけないのか・・・と思ったのです。


 自分は、その頃、子供に会えなくなっておりましたが・・・。
その方達の、お子さんにかける思いは、痛いほど分かりました。


 先ほどの、聖書の言葉の概略は、「貴方が復讐するには及びません、それは私が、かわりに致します。」と言う意味なのです。


 その逆が、「覚醒するは・・・汝にあり!」意味は、覚醒するのは、貴方次第、と言う意味です。


また、て・ん・ね・んが、露呈しました・・・この記事の最初に、言うべきでした。


 そして、もう一つ、申し遅れましたが、ペンネームの意味は、おわかりの方もいらっしゃいますね・・・。


詩人の代名詞のような名前、オルフェから来ています。


澪は、イタリア語で、mio 私の、と言う意味です。


そして、もう一つの伏線があります。


 私が、画集に熱中していたことは、前にも、カフェ・カルペディエムのマダムに登場していただき、私の代わりに、お話しして頂きましたが・・・。


 当時、拒食症だった私は、ある絵を見て、いきなり、凍った心臓に一気に血が流れるような衝撃と感動を覚えたのです。


 その絵というのは・・・フランスの画家、ギュスターヴ・モローの絵で、”オルフェ首を運ぶ、トラキアの娘”という絵でした。


 学生の頃、この絵への想いを、美術史的観点から、学生の美術サークルの季刊誌にも書いたことがありました。(機会があれば、別のタイトルの記事で)



 これは、意図したわけではなく、偶然、考えた名前が、後で辻褄があったと言う私の、何時ものパターンです。


 3ヶ月目にして、やっと名前の由来と、タイトルの意味をご紹介させて頂きました。(当方の製品も、私も、純度の高い天然・・・)


さて、本日の続きは・・・

2023,4,26
Awakening

78、
形而上学の本来は、人が肉体以外の深いところにある、大いなる存在に気付く為の、人が人として生きる為の、叡智です。

79、
実践と実感が伴う、食材をどの様にして調理しようかと思うのと同じように、この人生をどのように生きようかというように考える、料理の知恵のように、生きていく上でも、必要な事です。

80、
それは、宇宙の摂理の中にあって、説明できる真理です。

81、
人が望めば、求めれば、無尽蔵に与えられる叡智です。

82、
枯渇するのは、人が奪い合うからです。

83、
枯渇するのは、人が貪るからです。

84、
戦争を見ればわかる様に、命も豊かな自然も、物質も、全てを無にしてしまうから、枯渇するのです。

85、
与え愛助け合うなら、人は喜びに満ち、次の豊かさを生み出すのです。

86、
隣人に何かを贈ると、今度は、また何かを隣人から送られる様な事です。


本日は、これまで・・・


遍く人の、覚醒と癒しのために・・・


May both awakening and healing be with you.

                                                                                 Mio












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?