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きみだからだよ

書くよりも書かない方が習慣となるくらいに、noteを更新しない日が続いてしまった。

ではそのあいだ何をしていたかと言えば何もしていなくて、今もまだ、学生最後の夏休みなのに、と焦燥感に駆られることしかできていないのだった。

とはいえ、忌々しい就職活動は一段落し、このまま卒業できれば社会人になる未来が約束されているのは嬉しいことで、なかなか良いところを見つけられたのではと思っている。実際に働いてみないことには何もわからないけれど、なんとなく、そんな感じがしているのだった。

内定祝いは何にしようかしらと考えて、ずっと気になっていた toi books という書店で通販をすることにした。なにより、当店限定書き下ろし特典というのが付いてくる書店で、そんなもの、どうしたって気になってしまうのだからずるいよね。

それで買ったのが大前粟生の『きみだからさびしい』だった。

私と大前さんの出会いは『岩とからあげをまちがえる』で、たまたま行った書店にサイン本があったのと、タイトルのキャッチーさに惹かれて手に取ったのが最初。初読時の感想は、なんだこれ、だった。

それからしばらく経って、この可愛くてうつくしい装丁の本の存在を知って、いつかいつかと思っていたのだった。

まず、帯が良い。「全身が、きみで溢れてる」とあって、「けれど、彼女には、もう一人恋人がいる」とある。私はどうしても、報われない恋心を抱いている子を追いかけたくなる性分があって、だからひとめ見て、読みたい、と思った。
"かわいそう"で、せつない匂いがしたから。



以下、内容に触れているので注意。

本書では、いろいろな人が登場しては、その存在を主張してゆく。そのどれもが、私とは違う存在で、たくさん存在するなかのひとりとして、作品の中を生きていた。私は、ポリアモリー(複数の人とオープンな恋愛関係を持つこと)という概念を別のなにかで見たことがあって、そういうのがあるんだな、という程度の認識で、今までは特によく知ろうとはしてこなかったけれど、本書を経ると、ポリアモリーってむずかしい、という感触が手の中に残った。
ポリアモリーがだめ、ということは決してないけれど、それを理解するのと、受け入れるというのとでは大きな溝があると思った。だって、好きな人が別の人を想う時間があるだなんて、私には耐えられない。でも、それでも、一緒にいたいともがくのが主人公で、だけど私は主人公に一瞬たりとも感情移入することができなかった。

我を失って家中のものをゴミ袋へと突っ込んでいく場面がとても印象的で、友だちの金井くんからもらったものまであっさり捨ててしまう。でも私はそれを見たときだけ、主人公のことを好きになったし、同時に嫌いにもなった。自分の中に巣食う性的な欲求を、好きな人を傷つけてしまうからと抑え込んできた彼の"本当"が一気に放出される場面で、主人公はきっと、こんな風になることを心のどこかでわかっていたのだろうと思った。

色々な恋をする人たちが主人公を取り巻くけれど、結局はすべて、「きみだから」に帰結するのだと思う。
男だから、女だから、ポリアモリーだから、ゲイだから。そんなのは記号にすぎなくて、きみだからだよ、という感情の響きが心の中に残った。
だけど苦しい。頭ではわかっていても、心が受け入れることのできないもどかしさ。だからきっと、主人公はあやめさんのことを「自由」と表現し、眩しく思っているんだと思う。そんな「自由」ということばに押し込めることも、あやめさんにとっては窮屈で、暴力的にさえ思えてしまうからせつない。

速く走ろうと思った。速く走って、自分が女であるということを振り切りたい。相手が男であることを追い抜いていきたい。

大前粟生『きみだからさびしい』p.100

モノを捨てるみたいに、モノがなくなるみたいに人に会わなくなっていく。人のことを思い出さなくなっていく。そんなのはさびしい。でもどうしようもなく、会うことのできる人は限られていく。

同上p.154

人に会わなくなってゆくことについては、川上未映子も言っていたなぁと思い出す。
それから、コロナ禍で主人公たちの職場が潰れることになるのだけど、私のバイト先ももうすぐ潰れるので重なったりして。


よくわからないけれど、私は本書を読んで無意識のうちに傷ついていて、この、どうしたってその人の本当を理解することはできないのだと絶望する気持ち。わかりたくても、わかっているつもりでもそれはズレていて、相手を傷つける。私はどの登場人物にも当てはまることがなく、それぞれが孤立しているのを肌で感じた。

長く人々の中に根づいた偏見や認識がなくなって、人間が、記号を伴わないひとりの人間として、一個の存在として見られるような世界はくるのだろうか。こないだろうな。そもそも、身体のつくりに性差があるのだから。


大事にしたい本がまた増えた。


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