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【小説】誰かに知ってほしかった 11 -再会

高速を降りてから、休憩とお昼ご飯の調達を兼ねて最寄りのコンビニに寄った。
翼の大好きな鮭おむすびと昆布おむすび、筒形の容器に入ったポテトチップスやブドウ味のグミ、みんなでつまめる一口カステラなど、お昼ご飯や小腹の足しになるおやつを購入して再び待ち合わせ場所に向かう。

明子さんから聞いていた通り、国道沿いにある中古車販売を兼ねたディーラーのある角を曲がり、郵便局を左に曲がると小さな公園が見えて、黒いシフォンブラウスにベージュのコートを羽織った明子さんが出迎えてくれた。

私は車を端に寄せてハザードをつけ翼のシートベルトを外す。

運転席側に目線を戻すと、小さな滑り台と砂場だけがある向かいの小さな公園から春斗くんが走ってくる様子が見えた。勇樹くんの後ろから、ボールを片手で静かに上に放り投げてはキャッチしながら、湊くんも落ち着いた足どりでこちらに向かってくる。

翼が降りるのを明子さんが見てくれている。

私がドアを開けて降りたところでちょうど浅井家の子どもたちの到着と同じタイミングになり、「こんにちは~」と声をかけた。きっと私も昨日の翼と同じく、とろけそうなほどの満面の笑みを浮かべていたに違いない。

湊くんは少し大人びた感じで、春斗くんははにかんで照れくさそうに、勇樹くんはニコニコの顔でそれぞれ「こんにちは」と言ってくれた。私は、まるで孫に久しぶりに会ったおばあちゃんのような心境になった。

「元気だった?会えて嬉しいよ!今日はよろしくね。」と私は子供たちに声をかけ、運転席のドアを閉めて助手席側に回った。

「遠いところ来てくれてありがとう。翼くん、降りるとき安全確認とかしっかりするんだね」

「うん、わりとそのへんは真面目かも(笑)っていうか、無事でよかったよーーー!!!声かけてくれてありがとう」

”相変わらず”冷静で穏やかな明子さんとは反対に、私は会えた喜びが溢れてしまった。温度感の差を感じる気がするけど、それが私の気持ちだから仕方ない。

「ほんと美咲さんのおかげだよ!」

「全然。ほんと会えてうれしい!」

と言いながらも子どもたちの前であまりこの話をするのもどうかと思い、大人の対応を頑張ることにした。

私たちの側では、春斗くんと翼がなんともいえない空気感でもじもじしている。相変わらず勇樹くんはニコニコ顔で、湊くんは今度はボールを左右の手で交互にパスしあいながら一歩後ろから再会を見守っている。

「どうする?もうこのまま向かっていい感じ?」

「うん、うちらは大丈夫」

「じゃあ、ちょっと待ってね。チャイルドシートを後ろにして、子どもたちに乗ってもらうね。3人で後ろでいいよね?春斗くんは簡易的なやつだけど後ろにチャイルドシートがあるからそれ使ってもらっていいかな。湊くんは二人の間で少し狭くなっちゃうけどごめんね。」

湊くんを真ん中に子どもたち3人が所狭しと後ろに座り、明子さんを助手席に乗せて出発した。バックミラーを見ると、春斗くんと翼は間にいる湊くんに遠慮しながらも、静かな”じゃれあい”の始まった気配が感じられた。狭い車内に子どもたちのつぶやき声と小さな争いが交錯する。

公園につく頃には、私の手前我慢しているものの二人に挟まれた湊くんのイライラが伝わってきた。

広い駐車場の中で、ゲートから右奥に車が密集して止まっていた。おそらくそのあたりが公園の入り口だろうと予想して、そのエリアに向かって両隣が開いているところに車を止めた。子どもがいるととくに、隣を気にせずにドアを開けられる方が心配がない分、人にやさしくいられる。

エンジンを切り車を降りて、トランクに入れておいた昼ごはんやレジャーシート類を取り出す。ワクワクするだろうに、待っていてくれる子供たちが優しい。

全員で公園の入り口に向かうと、左手にはビオトープのような池と水面にはカモが浮かんで時折羽をばたつかせる様子が見えた。右手に公園内に向かう遊歩道があった。入り口からなんともワクワク感が高まる。

子どもたちももう公園内だと思ったのか、春斗くんは先頭を切って駆け出し、翼も春斗くんの後を追っていった。そのあとに勇樹くんがひょこひょことマイペースに歩く。湊くんは3人目の大人という感じで、網に入ったサッカーボールをけりながら私たちと同じペースで歩く。

板張りの道は、太く丈夫な木材が丁寧に組み合わされ、歩くたびにかすかな音を立てる。板と板の間にはごくわずかな隙間があり、そこから覗く草や小さな植物が、日常の決まった繰り返しの毎日とは違う自然さを感じさせてくれている気がした。

そんな道も明子さんは難なく歩く。というか、杖はなくても歩けるんじゃないかというくらい坂道も階段も普通に歩くし、さらに私よりも体力がありそうな気もしてしまう。

この大きな公園も明子さんからの提案で、そういうこともあっていつも明子さんの身体のことが頭から抜けてしまうけれど、本当のところはどうなんだろうとときど思う。

春斗くんは何も言わなくても、途中途中で私たちが追いつくのを待っていてくれる。そんな様子を見ると、春斗くんはお母さんを思っているんだなあと、勝手に親子愛を感じたりする。

5分ほど歩くと視界が開けて、私たちはネットで見た象のフォルムの大きな遊具のあるエリアについた。
広場全体にあたたかな日差しが降り注ぎ、遊具で遊ぶほかの子どもたちの笑顔もより一層輝いて見える。

そんな様子を見たら遊びたくならないわけがない。
「遊んでいい?」
春斗くんが待ちきれない様子で明子さんに尋ね、翼も真似をして同じように聞いてきた。同じ年のはずなのに、なんだか翼のほうが年下みたいに思える。

「まだ、先に荷物を置かないと」
「待って。シートひいてからね」
私と明子さんが同時に答える。

広場の周辺にところどころベンチがある。公園が広いせいか、人はそこそこ居ても選べるくらいにはまだ空きがある。

「ベンチがあったほうがいいよね?」私の言葉に「うん、そうだね」明子さんが答え、私たちは子どもたちの遊ぶエリアにほどよく近く、かつ埃があまり飛んでこなさそうな、ベンチの前が芝生になっているところを選んでシートをひいた。

「ねえ、もういいでしょ?」
春斗くんが待ちきれない!とそわそわする全身で訴えながら早口で聞く。

「水を飲んでから行ってね。」
「見える範囲にいてね。」

「行こうぜ!」
春斗くんと翼は、私たちの聞こえたのかどうかわからないまま、仲良く飛び出ていった。

「俺も行ってくる」湊くんが明子さんに言う。「私たち、勇樹を連れてあっちにいるから、春斗と翼にも伝えておいてくれる?」明子さんが返事をした。

あっちとは大きな象の遊具の側にあった小さい子向けの遊具と砂場で、私たちは勇樹くんを連れてそちらへ向かった。

小さい子向けのエリアには勇樹くんが一人で安全に遊ぶのにちょうどよいサイズの遊具があった。前に電車を見に行った時に勇樹くんが気に入って遊んでいた、前後にばねで動くピンク色のウサギの遊具もあった。勇樹くんが興味津々で遊び始めたのを見届けて、私たちはその小さなエリアを囲むようにして置かれている石のオブジェに座った。

座ってから少しの間、見守るように勇樹くんを見たり、翼と春斗くんの姿を探して遊んでいる様子を確認したりして、明子さんが口を開いた。

「来てくれてありがとね。春斗も翼くんと会えて嬉しそう。」

「ううん、全然。無事な明子さんと子供たちに直接会えて本当に安心したよ」

「なんか、引っ越してしまうと前の生活が夢みたいでさ、こういうのが普通の生活なんだなって最近思うんよね」

「そっか…」

いったいこれまでどんな生活をしていたのかと思っても、さすがにそれを聞くのは憚られた。だけど、なかなかメッセージでは聞けなかったことを私は聞いてみることにした。

「ご主人からは、なにか連絡があったりはしてないの?」

「うちの親には聞いたみたいだけど、立場上関係各所には聞きにくいみたい。だけど、探し回ってはいるんじゃないかな…。」

「立場上?」

「結構、役所とかとつながってるからさ。」

「そうなんだ」

「自分が家族に逃げられたとかは絶対言えないから、必死になって探すんじゃないかな。そういう意地汚さ半端なくて、なんでもするからね。病院の入口で待ち伏せとかもしそうで、それをされたら一巻の終わりとは思ってる。私がいつ行くかわからないから来ないとは思うんだけど…」

ちょっと想像しただけでも胸が苦しくなる。

「自分の世話をしてくれる人を連れ戻そうとするにきまってるからね。あの人にとってはうちらが出て行っていいことは何もないし」

「そっか…」

「離婚もほんと長引きそうだよ」

「離婚も手続きしてるの?」

そういえば、家を出るとかそんな話を半年以上してきたのに直接的な離婚の話は聞いていなかったことに気づく。

「この前弁護士さんから内容証明で離婚届が送られて、案の定ごねてる。月1面会とか言ってるらしくて、自分が子供に何をしたのか分かってるのかと思うと信じられないよね。」

だんだんと明子さんの顔が険しくなり、抑えていても憤怒していることがひしひしと伝わってくる。

同時に、病気のこと、引っ越しの準備、新生活を整えること、子どもたちの手続きや自分の仕事探しに加えて離婚の手続きまでちゃんと進めていたことに、驚きというか尊敬というか、畏敬の念に近いようなものを感じた。

「弁護士さんからは面会の条件を譲るのが一番早く離婚できる落としどころだって言われたんだけど、こっちが譲ったら絶対違う条件出して来るからね。自分に都合のいいようにしか考えないし、約束なんて平気で破るからあの人。」

元の自宅にいた頃を思い出しながら話しているのが見て取れた。

ただ、私が付き合ってきた明子さんを思うと、こうやって思いを外に吐き出すことができるようになっただけでも、すごい変化なんじゃないかと思った。

「弁護士さんも入ってくれてるんだね」

「うん、市の無料相談で話してそのまま。私、そういう運はあるかも」

どれだけ大変なときでもポジティブなところに目を向けられる明子さんの生命力というか逞しさのようなものが、私が彼女と友達でいたいと思う理由なのかもしれない。

「病気も主治医がほんといい人で、ほかの先生もすっごい親身になってくれるし、美咲さんに会えたのもすごい運じゃない?」

先ほどまで憤っていたはずの明子さんは、満足げとも思える笑顔になっていた。

私は明子さんの世界を垣間見させてもらえばもらうほど、私にできることなんてこれっぽっちもないことを痛感するし、そんな風に思えるのは明子さんの強さだ。

「私が役に立てているかは分からないけど、弁護士さんとか病院の先生とかはいい人に出会えて本当によかったって、私も心から思うよ」

「入院中とかに闘病仲間のブログとか見ててね、だんだん更新されなくなっていくんよね…それでしばらくして家族が書き込んだのとか見ると、ものすごいダメージを受けるんだけど、生きなきゃとか今自分にあるものの存在を思うんだ。」

自分に今あるもの…。うなづくことしかできない私に気づいているのかいないのか、明子さんが言葉を続ける。

「キャンサーギフトって言葉知ってる?」

「ううん」

「キャンサーってガンのことらしいんだけど、病気になって自分の大切なものに気づくことを贈り物だっていう考え方がアメリカだっけな?どこかの国であるんだって。それ聞いたときに、ほんとそのとおりやねって思ったんよね。身体はヤバくても、このまま死ぬわけにはいかないし」

私たちはときどき勇樹君の姿を目に入れていたし、春斗くんと翼がどこにいるかも確認していた。

だけどあまりに心に響きすぎて、話を聴いている間、私たちの世界は時間からも周囲の音からも切り離されて、私は明子さんの過ごしてきた瞬間や空間を共にめぐっていたような気がした。

大人に邪魔をされることなく満足するまで遊んだ子供たちが「おなか減ったーーーー!」と戻ってきて、ランチタイムをすることになった。

「この中のおむすびどれでも食べていいの?」
「おかかどれ?」
「卵焼きは?」
春斗くんが矢継ぎ早に明子さんに聞く。

「どれでもいいよ。おかかは海苔をつけないって春斗が言ったじゃない」

食べ始めると子どもたちは途端に静かになる。

食の細い勇樹くん以外の3人は早々に食べ終えて、私と子どもたち3人で公園のほかのエリアを一足先に探検してくることにした。

「お待たせ。食べ終わったよ」
明子さんからのメッセージを確認して、私たちは一度二人のいる場所に戻り、それから私たちは全員で荷物をもって5分ほど歩いてローラー滑り台のあるエリアに移動した。

ローラー滑り台にはお尻にひくマットも用意されていたし、トンネルになっているところやぐるぐると円を描くようなところもあり、湊くんも含めて子どもたちは長い長いローラー滑り台のとりこになった。

それを見届けて、私たちは再び大人のおしゃべりタイムを楽しむことにした。

先ほどとは違い、私たちはいかに時短料理をするかについて有意義な情報交換をしたり、勇樹くんが行き始めた保育園と翼の通っている幼稚園との違いとか、湊君が新しい小学校でも剣道をはじめたとか、そういう普通の”ママ友”っぽい話題に花を咲かせ、午後もあっという間に時間が過ぎた。

「そろそろ帰る?」
疲れた子どもたちを家に帰ってお世話する明子さんの体力が気になり、私から声をかけた。
「そうだね。よく遊んだだろうしね。」

すでに勇樹くんは私たちの元に戻ってきて、棒を地面に引っ張って何かを書いて遊んでいる。

「じゃあ、声かけてくるね」

私はローラー滑り台の隣にある遊具を使いながら隠れ鬼のような遊びをしていた3人に声をかけた。

意外にも子供たちからあっさりと帰宅OKの返事をもらい、私たちは車に戻った。ローラー滑り台がどんなに楽しかったかという話とか、お母さんたちもやればよかったのにという子どもたちの不満をきいたりしているうちにあっという間に、朝に待ち合わせをした小さな公園の前に到着した。

明子さんの子どもたち三人は仲良く並んで私たちの準備を待ってくれている。
「あ、そうだそうだ!これ渡さなきゃ」
私は事前に約束しておいた、勇樹くん用の翼がサイズアウトしたお下がりの服の入った紙袋をトランクからだし、明子さんに手渡した。

「ありがとう!保育園が思いのほかたくさん服が必要で助かるよ」

「こちらこそ、うちはもう使えないから、もらってくれて助かるよ。今日は誘ってくれてありがとうね。また遊ぼうね」

「うん、来てくれてありがとう。ほら、みんなも美咲さんに挨拶して。」明子さんが子供たちに促す。

「みんな、遊んでくれてありがとうね。また来るね」
そう言って、私は翼が助手席に載せるのを手伝い、運転席に移動して車を動かした。
といってもUターンをしないとならなかったので、ほかの場所より広くなっていたその場所で何度か切り返し、そしていよいよ出発の際に、もう一度「じゃあ、またね!」と伝え、家に向かって走り出した。

走り始めると予想通りすぐに翼は熟睡し、私は運転をする以外に残っているどこかの感覚で自然と今日の出来事を反芻し始めた。

離婚のことも入院中のこと…

全然知らなかったんだなぁ、と少し明子さんのことを分かったような気になっていた自分がいたことを恥ずかしく感じる。

振り返れば私は、明子さんがもともとどんな症状があって病院に行ったのかも未だに知らないし、いつからいつまで入院していたのかも聞いていない。根掘り葉掘り聞くのもはばかられるけど、もう少し聴いても良かったのかな。。

彼女がそれを望んでいたかも分からないけれど、もう少しだけでも知っていれば彼女の痛みとかつらさに今よりは、寄り添えていたのかもしれない。

今思ってもどうしようもないことなのだけど。
思わず大きく息を吸って、大きなため息を吐いてしまう。

入院中のことなんて、全然想像できていなかったなぁ。
もう一度頭に思い浮かび、またため息をついてしまう。

なんなんだろうなあ。

自分が何について”なんなのだろうなぁ”と思ったのかも分からないくらいの大きなもやの中に入ってしまったようで、これ以上何かを考えてもどうしようもなさそうな気配を自分自身に感じて、私は何も考えずに運転だけを続けることにした。

そして、

衝撃の連絡が来たのはそれから半年が過ぎた頃だった。

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