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東京学芸大学附属高校の異常な入試「入学確約書問題」を考える

見沼の受験相談室に「東京学芸大学附属高校の入学強要の度が過ぎている」との相談がありました。調べるにつれ看過できない深刻な問題が起きていると判断したため、初のnoteでの長文取材記事を作成しました。(noteは不慣れゆえ拙い文書ご容赦ください)

キーワードは「一般入試で生徒の進学先を拘束してもいいのか」「東京学芸大学附属高校はいじめ問題以後、本当に変わったのか」です。

自由に受験できるのが一般入試

首都圏の高校入試はこのような日程で行われます。

1/22~    推薦入試
2/10~2/12  私立高校一般入試
2/13  国立附属高校一般入試
2/14~ 都立・公立高校入試

第一志望の生徒に限定して受けられるのが推薦入試で、志望順位にかかわらず自由に受験ができるのが一般入試です。

今回の問題は、東京学芸大学附属高校が昨年から一般入試での入学辞退を阻止するために「入学確約書」を提出させるよう制度変更し、辞退をした生徒の出た中学校に「お叱りのお手紙」(公立中学校進路担当談)を郵送。入学確約書という踏み絵と、公立中学校への事実上の圧力により、本来は自由であるはずの生徒の学校選択を妨害している点にあります。

入学確約書の意味

入学確約書は、中学入試や大学入試でも見られるごくありふれたもので、その名称の通り「貴校に入学します」と提出するものです。

「確約」とは「はっきりと約束すること」(デジタル大辞泉より)ですから、「100%入学しないといけない」とか「辞退すると法律的に問題がある」という誤解を生じさせそうですが、一般入試の入学確約書は、辞退してもまったく問題なく、法的拘束力もありません。あくまでも、学校側が現時点での入学者予定者数を把握するための手段として使われています。

※推薦入試は違います。推薦入試は「第一志望に限定」して出願を認めるわけですから、辞退は問題が生じます。ここでは一般入試の話です。

大学入試を思い浮かべてください。

第一志望はA大学。でも浪人はしたくないから、B大学を併願します。第二志望のB大学に合格したら、入学金を支払い、入学確約書を提出して、A大学の合否が判明するまでは、B大学の権利を保持するはずです。これが認められないと、第一志望の大学に一発勝負という大変なリスクを負ってしまいます。

就職試験も同様です。

第一志望の企業があれば、第二志望の企業もあります。先に第二志望の企業から内定をいただければ、「内定承諾書」や「入社誓約書」を提出します。その後、第一志望の企業から内定をいただければ、第二志望の企業入社を辞退します。

「そんなのおかしいだろ!第二志望の企業に入社しろ!」なんて言う人はいないと思います。それは個人の自由ですから。この誓約書もまた同様に、法的拘束力はまったくないもの、辞退可能なものであることが周知されています。

高校入試は浪人という選択肢がないわけですから、生徒は複数校を受験します。当然「第一志望」の生徒と「第二志望」の生徒が混在します。第二志望だった生徒は、一旦席を確保するために「入学確約書」を出し、その後に第一志望校に合格したら、第二志望校の入学を辞退します。長年の首都圏の高校入試が積み上げてきた慣習です。

ところが東京学芸大学附属高校は、「一般入試は入学確約書を提出したら必ず入学」を主張します。

「入学手続き完了後、保護者の転勤にともなう転居等のやむを得ない事情が生じた場合」以外、他校の合格等の理由による入学辞退はしないでください。(令和 3 年度 東京学芸大学附属高等学校生徒募集要項)

大野校長、後藤副校長にも電話取材しましたが、この主張を譲りません。

都立・県立高校も「他校合格による辞退は問題ない」

東京学芸大学附属高校と通学圏のかぶる東京都立高校、神奈川県立高校の教育委員会に問い合わせました。

「公立高校の入学者選抜後に、より志望順位の高い国立・私立高校からの合格が出た等の理由による合格の辞退は可能です。速やかに入学辞退届けを提出してください。」

という当たり前の回答です。

一部界隈で「公立は辞退できない」との誤解がありますが、辞退できます。本元の教育委員会がそう回答しています。より志望度の高い高校に公立発表後に合格が出た場合は、堂々と辞退していいのですよ。

公立高校は入試日程が最後です。必然と志望度の高い生徒が残り、辞退者数は少なめです。これが「公立は辞退できない」という誤解を生んでいるようです。

でも、「公立合格発表後に、第一志望の私立高校から繰り上げ合格の連絡があった」ということは普通にありますよね?このような事例で「公立は辞退できない」なんて人権侵害も甚だしく、辞退可能なのは当然でしょう。

その証拠に、入試日程が私立校とかぶる公立中高一貫校は、毎年当たり前のように辞退や繰り上げ合格がなされています。

「東京都教育委員会は2020年2月10日、都立中高一貫校の一般枠募集入学手続状況を発表した。都内に10校ある中高一貫校では計90人が入学辞退した。募集人員に満たない人数が繰上げ合格となる。」(リセマム)

マナーとしては、速やかに入学辞退届けを出す、推薦入試は辞退しない、すでに第一志望に受かり進学先確定の場合は欠席、この3点に注意すれば問題ありません。

筑駒、筑附、お茶の水も「辞退は問題ない」

念のため、都内の国立大附属学校にも電話取材しました。

「その旨をお伝えしていただければ大丈夫です。」(筑波大学附属駒場高校)
「本校としてはぜひ入学してほしいですが、もちろんそれは可能です。」(筑波大学附属高校)
「辞退は可能です。ただ、合格の手続きが必要なのと、入学金の返金はいたしかねます。」(お茶の水女子大学附属高校)

はい、そういうことです。

公立中学校へばら撒かれた「お叱りのお手紙」

次に公立中学校へ取材したところ、東京学芸大学附属高校が公立中学校へ、事実上の圧力をかけていたことが分かりました。

「学芸大附属高校さんから3月頃に、辞退をした生徒がいたということで、お叱りのお手紙をもらいまして。」(公立中学校進路担当教諭談)

東京学芸大学附属高校に確認したところ、「辞退しないで」という手紙をばらまいたことは認めましたが、あくまでもお願いであって「圧力」であることは否定しました。

ただ、立場として弱い地域の公立中学校は、この手紙を「圧力」と捉えていました。「お叱りのお手紙」という言葉がそれを示しています。

公立中学校側の対応は分かれているようです。「正当な生徒の権利。辞退を強いることはしない。」とキッパリ話す中学校、職員会議での議論の上で辞退可能を確認した中学校、高校との関係悪化を恐れ主張を呑んだ中学校と三者三様です。

いずれにせよ公立中学校は「高校側の圧力」VS「生徒の人権」の狭間で苦悩しています。

今さら10年前の議論を掘り返すのか

「入学確約書」による辞退の阻害は、生徒の自己決定権の否定として、未だ慣習が残っていた埼玉県でも10年前に撤廃されました。

誓約書:入学辞退届で私立高進学可能に 埼玉県教委見直し
 埼玉県教委が公立高校の前期試験合格者に入学を辞退させない趣旨の誓約書(確認書)を書かせていた問題で、県教委は2010年度の入試から、入学辞退届を出せば私立高にも進学できるように制度を見直すことを決めた。(略)「確認書の提出後の入学辞退は原則認めない」との記述を削除する。また「保護者の転勤等やむを得ない事情」と限定してきた辞退を認める理由も「やむを得ない事情」との記述にとどめる。「やむを得ない事情」には進路変更も含まれ、10年度からは確認書提出後も辞退届を出せば、私学に進学できるという。 誓約書を巡っては、「提出したために私学進学をあきらめた」「泣いて学校に相談した」などの苦情が、私学と公立双方に合格した受験生から出された。私学関係者や教職員組合からも「進路を生徒や家庭が決められないのはおかしい」「優秀な生徒の囲い込み」などと批判の声が上がっていた。(毎日新聞)

もう一度この議論、必要ですか?

いじめ問題での辞退増を、強硬手段で解決を図る高校

東京学芸大附属高校の辞退者が増えた根本の原因はいじめ問題です。

東京学芸大学付属高校(世田谷区)で、男子生徒がいじめを受け昨年6月に骨折していたことが29日明らかになった。事故報告書を作らなかったり、生徒への面談を尽くさなかったりと、学校側の不適切な対応が記者会見でいくつも表面化した。学校側は「生徒指導の研修の徹底」を再発防止策として挙げたが、生徒は今も学校に復帰できていないという。(朝日新聞)

翌年から辞退者が増え、繰り上げ合格が出るようになりました。

この解決手段が、今回の「入学確約書による圧力」。

正直、違和感を禁じえません。

まっとうな教育をおこなって、信頼を取り戻すことが、教育者としての辞退増解決の手段ではないのだろうか。

いじめ問題によって起きた問題を「入学確約書による圧力」で解決するというやり方は、中学生や、現場で奔走する公立中学校に対する「いじめ」ではないのか。

第二志望じゃ、ダメなんですか?

教育ジャーナリストのおおたとしまささん。昨年に問題化した時点で、本質を突いた投稿をされています。

学大附属のコメントがひどい。あまりに自己中。要約すれば「第二志望の人はいらない」「塾のせい」。受験生だってみんな最後まで悩むんだよ。受験生に納得できる受験をさせてあげたいという視点が感じられない。(2019年3月18日投稿)

拝啓、東京学芸大学附属高校様。

第二志望じゃ、ダメなんですか?

あなた達のやっていること、新たないじめじゃないですか?


       

[取材協力]東京学芸大学附属高校、筑波大学附属高校、筑波大学附属駒場高校、お茶の水女子大学附属高校、各公立中学校進路担当、各教育委員会、中学校保護者

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