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祝Jリーグ昇格!いわきFC見聞録

 ヒントいっぱいの2日間でした。58番目のJリーグクラブになる「いわきFC」。その福島県いわき市にあるクラブハウスを見学し、昇格に備える地元のみなさんの活動に触れる機会がありました。愛知県岡崎市を中心とした三河地域でJクラブを目指している「みんなでつくるプロサッカークラブ岡崎(みんつく岡崎)」にとって「先輩」であり「お手本」なので、参考にしてほしい、もし機会があったらぜひ見に行ってほしいーーそんな思いの視察報告です。

東北のハワイ」いわき市へ

 東京駅から常磐線の特急ひたちで約2時間。みんつく発起人の一人で元名古屋グランパスの森山泰行さんとともに、いわき駅の手前の「湯本」で下車しました。いわき湯本温泉の玄関口。映画『フラガール』の題材となったスパリゾートハワイアンズ(元常磐ハワイアンセンター)があるまちです。
 “福島県初心者”の私は東北地方への凝り固まったイメージで、いわき市もすごく寒い地域と思い込んでいました。でも、東北で最も年間の日照時間が長く、一日の平均気温が最も高く、平均積雪量は愛知とほぼ同じ。福島県は太平洋岸から内陸へ向けて「浜通り」「中通り」「会津」と縦に大きく三つの地域(福島では「方部」というらしい)に分かれていて、浜通り南端にあるいわき市は温暖だそうです。年間の寒暖差が小さくて過ごしやすい「東北のハワイ」。人口は33万人弱。約38万人の岡崎市よりやや人口は少ないが、市の面積は福島県の自治体最大で岡崎市の約3倍。そんなまちです。

クラブハウスはJリーグをも上回る!

 湯本駅には、地元出身の石河美奈さんが迎えに来てくれました。この元気いっぱいの女性が今回の訪問のキーマン。ベガルタ仙台のチアリーダーをプロデュースし、「地域の応援団」としてまちの活性化を目指しているNPO法人「クラップス」の代表をしている方です。
 石河さんのお兄さんは、大学で森山さんの1学年先輩。お兄さんは野球部でしたが、森山さんと同じ寮に住む部屋長だったというつながりでした。ご兄妹の実家は湯本にあるフルーツショップで、いわきFCの選手やスタッフが毎日のように訪れて、特製のフルーツジュースやドライフルーツを飲み食べしながら雑談を楽しんでいるというお店です。いわき市の「スポーツによる人・まちづくり推進協議会」が、いわきFCのJリーグ入りが現実のものとなりつつある時に、東北でJクラブを抱えた地域の「先輩」である仙台市から学ぼうということで、視察ツアーが企画されました。視察ツアーの中で意見交換会もあり、森山さんは「部屋長」の妹の石河さんから、複数のJクラブや海外クラブに所属したりFC岐阜を立ち上げてJリーグ入りさせたりした経験があるということで招かれたのです。で、「せっかくのチャンスだから」とみんつくnoteをやっている私も同行しました。
 「せっかくだから」というのには理由があります。「いわきFCパーク」は一見の価値があるからです。トレーニング施設やクラブのオフィスだけではなく、商業施設など地域の方にも開放され、オープンした2017年当時から「Jクラブを上回る」といわれた複合型クラブハウスなどがあります。湯本駅から数分、石河さんの車で、切り開かれた山の中にあるパークに着きました。

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「世界基準のフィジカル」目指して

 駐車場に入ると、正面に3階建てのクラブハウス。クラブを運営する株式会社いわきスポーツクラブの親会社は株式会社ドームで、同社が日本総代理店を務める米国のスポーツ用品「アンダーアーマー」の巨大な流通センター「ドームいわきベース」が右側にあります。東日本大震災からの復興を目指す地域に新たな雇用を生み出すことを目的につくられました。2015年末にいわきスポーツクラブが設立されて、福島県社会人3部だったいわきFCの運営を譲り受け、2016年秋に広い流通センターの敷地の中に練習用グラウンド「いわきFCフィールド」を整備。2017年にクラブハウスができました。
 2017年といえば、6月21日の天皇杯2回戦で、“国内7部リーグ”に相当する福島県社会人1部だったいわきFCが、J1のコンサドーレ札幌に勝ち、「世界基準のフィジカル」を目指した成果だ、と注目された年でした。パークのグランドオープンは7月15日。取り組みに手応えを感じた勢いの中で、強靭な体作りを支えるトレーニングルームなどが備わったクラブハウスが動き始めたとは、最高のタイミングだったんですね。

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 練習関連の施設は1階がアカデミーのロッカールーム。2階にトップチームのロッカールーム、その近くにトレーニングルームがありました。案内をしてくれたアカデミーU13監督の深津孝祐さんによると、アカデミーの選手たちもそれぞれの年代や各自に合ったトレーニングの指導を受け、一般の市民も予約すればパーソナルトレーニングの指導を受けられます。
 グラウンドは人工芝のサッカーコート1面とフットサルコート2面。

クリニック、英会話、カフェ…「ノレル?」

 施設内には医療施設があり、クリニックでは毎週日曜にスポーツ整形外科の医師が診察し、リカバリーステーション(柔整鍼灸院)は定休日以外の週6日開いています。練習前に治療してテープを巻いてピッチへ出たり、故障からの復帰を目指す選手の練習量を考えたり、成長過程のアカデミーの選手がここと連携して活動できるのは安心感があります。ここも地域住民の利用が可能。午前中は高齢の方が多く来て、まだ件数は少ないけれど訪問治療もしているとのことです。
 2階には英会話教室がありました。U 15、U 18の選手は海外遠征があるので週末はここで英会話を勉強し、トップチームでも海外志向のある選手は通っているそうです。
 商業施設としては1階にアンダーアーマーのショップ、3階にはカフェや地元で有名なゼリーの店、貸しオフィスなど。カフェにはテラス席があり、グラウンドを見渡しながら飲食を楽しめます。
 訪問した11月6日は、1階に新たにできた「ノレル?」のオープン前日でした。「いわき自転車文化発信・交流拠点」で、メカニックマンや元自転車選手のアドバイザーらスタッフがアドバイスやメンテナンスの相談に乗ってくれる施設です。福島県は自転車競技のオリンピック代表をこれまでに10数人輩出している「自転車王国」。天井の高い空間に、木をふんだんに使った小屋のような場所や座ることもできそうな階段、キッチンまである、ユニークなスペースで、イベントや料理教室なども開催されます。「サッカー関連の施設」というより「みんなが集まれる場所」という感じです。

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 岡崎でもこんな施設が持てたら素晴らしいですけど、土地や資金、さらに情熱などがそろわないとなかなか難しいでしょう。しかし、施設のあちこちに散りばめられたアイデアはすぐに真似できそうです。
 2階にあったトップのロッカーからグラウンドへ出る通路は、そこを通る時に気持ちが上がるように、トップチームの選手だけが使える特別な場所にしているそうです。クラブのオフィスには壁にミッションなど理念が大きく描かれており、深津さんは仕事をする中でよくそれを見直してすべきことを考えているそうです。商業施設などがあることで、クラブと地域の距離を縮める効果もありそうです。そうした動機づけや仕掛けなどはプライスレスで工夫次第のような気がします。
 ちなみにいわきスポーツクラブ代表取締役の大倉智さんは森山さんと同級生。森山さんが帝京高校、大倉さんが暁星高校と東京都内のライバル校でプレーし、国体には同じチームで出場した間柄です。訪問した日、いわきFCはJFLのFC刈谷戦で愛知県へ遠征中で、行き違いとなってお話できませんでしたが、ぜひ今後、取り組みを教えていただいたり、アドバイスをいただいたりしたいですね。

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 1日目は湯本に泊まり、翌日、石河さんの車に乗せてもらって仙台へ移動。バスケットボールなどで使われるゼビオアリーナ仙台を起点にJRや地下鉄を乗り継いで、いわき市関係者の視察に同行しました。仙台駅前から東北楽天イーグルスの本拠地へ向かう歩道に設置された球場仕様のベンチや、そこから駅の反対側にあるクリスロードなど商店街で応援フラッグなどを見た後、ユアテックスタジアム仙台で開かれていたJ1のベガルタ仙台と名古屋グランパスの試合へ。スタジアムのコンコースの使い方などを説明してもらい、再びアリーナへ戻って意見交換会となりました。

仙台が自負する「官民一体のプロスポーツ支援」

 仙台市からは市役所スポーツ振興課、市スポーツ振興事業団、当日見学したクリスロード商店街振興組合のみなさんが出席。仙台市はJリーグのベガルタ仙台、プロ野球の東北楽天、バスケットボールBリーグの仙台89ERS(B2)とプロチームがそろい、今年始まった女子プロサッカーWEリーグのマイナビ仙台レディースもあります。ベガルタと89ERSにホームタウン協議会(いずれも会長は仙台市長)、東北楽天にもマイチーム協議会(会長は仙台商工会議所会頭)があり、仙台市は「3つのプロスポーツチームと官民一体となった支援組織がそれぞれ存在する日本唯一の街」と自らうたっています。3つの協議会を連携させる仙台プロスポーツネットという組織もあります。ベガルタがJ2に加わったのが1999年、球界再編で2004年に東北楽天ができ、89ERSは2005年とすべて比較的新しく、活動草創期にかかわった方も出席していました。行政の関わり方としてはとても参考になるまちのようです。
 いわき市は、市役所のまちづくりを担当する創生推進課やスポーツ振興課、「スポーツによる人・まちづくり推進協議会」の事務局があるいわき商工会議所、いわきFCを運営するいわきフットボールクラブから出席。そこに森山さんが加わり、石河さんの司会でいわき側の質問に仙台側が答えるという形で約2時間、話し合いました。

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 質問は「クラブと自治体、地元団体などが共同で実施している事業などを教えてほしい」「クラブへの財政的な支援の例は?」「市の職員らが地元クラブのユニホームなどを着て窓口業務をしているか」「公立の小中学校の授業や活動にクラブが連携している取り組みはあるか」「サッカー教室以外に選手のイベント参加の事例は?」などでした。実例に即した具体的な意見交換会の中身を少しご紹介しておきます。

ポイントは「選手がまちに出ること」

 クラブが官民支援組織から補助金を受けて開催するスポーツ教室、キャンプ地との交流、商店街での新入団選手のお披露目会など、さまざまな事業の例を報告した仙台市スポーツ振興課の方は「いちばん大事にしていることは選手にまちに出てきてもらい、地元の人とできるだけ触れ合ってもらうこと。それによって最終的には地域の盛り上がり、ファン獲得、入場者数の増加とクラブへ還元されていくという考え方」と話していました。しかし、クラブや球団から断られることもあります。他の参加者からは「断られる理由は、監督がうんと言いません、です。強化部門で止められる」と発言がありました。他の方からも「選手の顔も分からねえ、名前も分からねえ、では応援しない」と選手が地域とつながる機会の大切さが語られました。

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 競技優先のプロスポーツ選手なので難しい部分ですが、元Jリーガーの森山さんは「クラブや選手の意識が変わることがもっとまちに近づくきっかけになると思う」と理解を示しました。「知ってもらうこと、スポーツ選手やクラブの側からなにを考えているのか、どんなことを大切にしているのかということを伝えていくことが大事」。FC岐阜のJリーグ入りへ奮闘していたころの話をして、「岐阜の駅裏はシャッター街だったんですよ。試合後などにそこへ食事に行っていたら、友だちが増えて、サポーターとも飲むようになって、そうしたらだんだん居酒屋の数が増えていったという経験をした」とクラブとまちがつながって活性化につながった例を紹介しました。「自分で稼いだお金で高いチケットを買って応援に来てくれるサポーターに感謝を伝えるためにも、選手が市民と触れ合う場で伝える必要がある。選手にしても、旬の現役時代に顔を売って、知り合いが増えることは自分の財産になる。選手に、もっと飲みに行け、とは言えませんが(笑)。プレーすることを最優先にできるルールの中で、人とのつながりがあるといいなと思います」。

ベガルタ設立時の30万人署名が支援の源

 行政からの財政支援では、市の施設であるホームスタジアムの命名権収入の一部をベガルタのスタジアム使用料の減免にあてる協定が紹介されました。そこでよく議論されるのは「なぜベガルタだけ特別なのだ」ということだそうです。それについては「ベガルタは県民市民30万人の署名でできたというクラブの成り立ち」が一つの理由になっているという説明でした。当時のことを知る参加者によると「市議会で何度も議論されているが、市長が『チームは有形、無形の市民の財産』と説明し、支援をしてきた」ということです。「行政としては最初のうちは地元のスポーツ振興という意味で支援は必要だろう」「これだけいろんなスポーツがある中でどうかとは思う。クラブの経済的な自立を支援していく必要がある」などの意見が出ていました。

指導法を指導してほしい部活の先生

 スポーツ教室の開催は、子どもへの指導以外でも評判がいいことがあるそうです。例えば、先生方への指導。「部活動の指導をしている先生の中には競技的なノウハウがあまりない方もいるので、プロクラブが指導者に指導法をレクチャーするのはとても喜ばれる話だと思う」。そのほかにも、子どもたちがスポーツ教室を楽しんでいる間に、親向けに栄養教育の講座を開いたらとても好評で、「僕らも森山さんがどんなふうに体のメンテナンスをしているのかとか聞いてみたい」と話していました。プロ野球の東北楽天の例で紹介されたのは球場内での職業体験。平日はナイトゲームが多いのですが、球団の協力で職業体験の日はデーゲームにして、招待した小中学生に試合観戦をしてもらった後に球場内の仕事を体験してもらっているそうです。

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 仙台市のプロスポーツへの支援体制はかなり手厚く、スペシャルな例と思われ、それをそのまま取り入れられるとは限りません。Jクラブの存在の仕方はひとつの正解だけではないので、先例を参考にさせてもらいながら、地元の特徴を考えて岡崎だから使えるメリットを探すことが必要なのでしょうね。わずか2日間の訪問でしたが、初めてのいわき市が自分の中で特別な場所に変わった気がしました。将来、岡崎にJリーグのクラブができて、応援に訪れたアウェーのサポーターが、スタジアムでの体験に加え、地元で泊まったり食事したりして過ごしてもらうことで、岡崎を知ってもらい、中には好きになってくれる人がいるかもしれない、ということは頭で分かっていましたが、改めて実体験できました。始まったばかりのみんつくの活動の可能性を感じさせてもらいました。

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