見出し画像

運命をガイドするラジオ局3~憧れのNYで世界にチャレンジ

運命の囁きかけって信じますか? 人生を左右する選択の刹那、どこからともなく聞こえてくる決定的ヒント……。今日はその3回目です。

アメリカの音楽の仕事に携わる私。世の中がペースダウンしたこの機会に、渡米の経緯を振り返り、私に語りかけたラジオ放送について書いてみます。

まず、アメリカに来た動機。高校生の夏休みに、姉妹校であるカリフォルニア郊外の高校で、英語セミナーに参加しました。

この時に、学校内外で開かれたパーティーやお別れ会で自作曲をピアノ演奏。熱狂的に喜ばれたことで、調子に乗りました。「私のピアノって、アメリカでウケるのかも」と……w

自由の国アメリカは、一生懸命な人誰もに拍手喝采するお国柄。なのに、そうとは露知らず……!

大学生の夏休みにも、全米10都市を周る英語学習ホームステイを経験。各地で心尽くしの歓待を受け、「将来はアメリカでピアノを……」と決心を新たにしつつ、育児や仕事に追われる日々。気づけば一人娘は、社会人になる内定をもらう頃になっていました。

「アメリカでピアノ」の夢を忘れたことはありませんでしたが、時はまだまだ2011年。アップル・ミュージックは影も形もなく、Spotifyもまるでマイナーな存在。

アメリカで音楽をするには、アメリカに行くしかない時代でした。なのに、アメリカにはコネも知り合いもなくて……。当時DTMのミックスを習っていたスタジオに、ニューヨーク帰りというサウンド・エンジニアの方が立ち寄りました。

その青年が帰ってから「あの人はニューヨークで修行してた」と聞かされ、追いかけて「どうやったらニューヨークに行けますか?!」とすがりたい衝動に駆られ……。それもできず、「せめてニューヨークの残り香でも」と、彼が通ったあたりに鼻を向けてヒクヒクさせていましたw

そんな時、日本の音楽事務所で共演した女性ソプラノ歌手のSちゃんに猛烈に怒られたことが、ニューヨークに来た直接のきっかけです。

彼女の言い分は、「ミキさん(私のこと)の曲は、そこらへんのヒット曲より全然いいのに、売れてないのはおかしい。ちゃんとプロモーションしてないんでしょう」

私が「応募先が限られる」などあれこれ説明しても決して自説を曲げず、話は平行線。気まずいまま別れました。

差し向かいの喫茶店で頭ごなしに責められ続けたので、温厚な(?)私でもさすがに頭にきます。けど、家に帰って冷静に考えたら、Sちゃんの言う通り。私はずっとやりたいと思っていたことをやっていませんでした。

そうです。Sちゃんこそが、運命のラジオ局の熱血DJ。それで、ニューヨークに来て今に至ります。

スローペースながらも、なんとか望みの方向に運びました。惜しむらくは、「きっとうまくいく」と期待して来たのに、自分を信じられなくなっていたこと。アメリカの音楽事情がわからなすぎて……。

こちらに来てからの写真を今見ると、いつも不安ばかりだったのが想い出されます。その頃の自分に対しては、Sちゃんと同じく叱りとばしたいです。「ノロノロやってないで、もっとじゃんじゃん行け!」って……。

言い古されたことですが、「5年後の自分が今の自分に何と言うか」と考えてみると、やっぱりヒントになるかもしれません。

私の仕事はオンライン納品なので、状況は普段と変わりません。けれど今は、1日も早く日常が戻って、ライブやコンサートなどでアメリカに恩返しができたら、と思っています。なんといっても、私の曲が一番聴かれているのはアメリカなので……。

これから世界を目指したい方へ。何十年でも賭ける心意気さえあれば、世界の扉は大きく開いています。じゃんじゃん飛び込んでみてはいかがでしょう? オンラインで何でもできる時代なんですから!

具体的なノーハウは、この記事が入っているマガジン「アメリカ音楽業界のお仕事情報」にあります。よろしければ……。

◇あとがき……お知らせ

運命のラジオ局は、耳をすませばいつでも放送しているのかもしれません。アメリカでの6年あまりを振り返ると、これまでの全てがメッセージだったようにも思えるし……。

ユーミンの歌から、「目に映る全てのことはメッセージ♪」と歌われるこちらの曲をお送りします。

私の曲でメッセージといえば、ファースト・アルバムから "Longing for New York (憧れのニューヨーク)" 。ニューヨークに来て初めて書いた曲です。ニューヨークからのメッセージ=ニューヨークが教えてくれた曲なんです、信じられないかもしれませんが……。

よかったらこちらのYouTubeで聴けます。フォローしていただけると嬉しいです。

「運命をガイドするラジオ曲」シリーズ初回はこちらで。