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人魚の肉と仮初の永遠について

ねえ、人魚の肉を食べたことがある?さっきスーパーで売ってたんだけど、思わず買っちゃった

あなたは日常の会話の続きのように、そのように切り出して、またいつものか、と思いながら「ないけど」とわたしもまたいつものように素っ気なく答える。買っちゃった?いま、買っちゃったって言った??人魚の肉を?

食べると不老不死になれるんだって。
はあ、そうなの、あなたが不老不死に興味があるなんて知らなかった。
ないよ。

ないよ、というその声だけがやけに確かな輪郭を持っていて、冷たく響いた。よく澄んだ日の空気を揺らす音。

それなのになんで人魚の肉になんか買ったの

美しいものを食べて、それで手に入れる永遠って美しいのかなって。それをまだ知らないから。だから、さっき買ったの。ねえ、食べようよ。それに、ちょっと安くなってたの。もう夜も遅いからかな。

そう言って嬉しそうに彼女がかかげるビニル袋には、たしかに何らかのパックが入っている。それが鶏肉か、鮭の切り身か、それとも人魚なのかは私からは見えない。

別に人魚なんて美しいものじゃないんじゃないの、と思ったけれど、それは口にしなかった。

代わりに口から出たのはもっとひどい言葉だったかもしれない。

そもそも、永遠なんて美しいものでもなんでもないでしょう。美しくないものにこの身を捧げるのなら、今死ぬこととほとんど同義だよ。

それじゃあ、これ食べたら君と死ぬってことか。

そう言ってあなたは小さく笑った。悪くないね、と。
スーパーで手に入る永遠、永遠の付属品としての死。

いくらだったの、人魚のお肉。
グラム198円。
ちょっと高いじゃん。
食べよう食べよう、ゆでる?焼く?焼くのがいいな、焼くね。

別に私は食べたくなんてなかったし、まだあなたと心中するつもりはなかったけれど、そんな意志とは関係なく、すぐにキッチンからじゅうじゅうと肉が焼ける音がしてきた。人魚の肉は仄白かった。胡椒が効いていて、美味しかった。あなたはやっぱり料理上手で、どこにもレシピのないであろう人魚でさえも鮮やかに調理してしまう。

これ焼いて大丈夫だったかな、なんか焼くと栄養素がなくなっちゃうって言うじゃん。永遠のエキス、どこか消えちゃわないかな

さあ、どうだろう、案外パック詰めされた時点でもうだめなんじゃない?やっぱり新鮮なうちじゃないと。騙されてるよ、きっと。あ、でもどこにも永遠を保証するなんて書いてないのか、自滅だよ自滅

そっかあー、自滅かあ、君といられる時間はこれを食べる前も後も変わらないんだね

そう、あなたと私は同じ時代と時間を生きて、そうしてだいたい同じくらいの時代に死んでいく。そのように在るし、そのようになるように私の人生を捧げる。永遠なんて、なくてもいい。仮初の永遠のなかで、あなたが私になっていくその中で、小さな否定を繰り返しながら、生き続ける。

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