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大嫌いの価値

私たち人間の多くは「ゴキブリ」という存在とその言葉を嫌う。
家にゴキブリが出たとなったらいち大事、次の日の話題にも上がることだろう。

つい先日、私もそんなゴキブリの存在を肌で感じる経験をした。

その日は1人の友人のために私を含めた3人が集まり、一緒に夕飯を食べる流れになっていた。全然違う名前だけれど、とりあえずその1人の友人を「たろう」にして話しを進める。
たろうはとある理由でひどく元気を無くし、一時は泣き続け、外へ出て活動することもままならない状態から少し復帰した日であった。顔や身体は痩せこけて見え、実際に腕も少しばかり細くなっていた。

そんなたろうと横浜家系のラーメンを食べ、話し足りなくなって近所のスーパーでお菓子を買い、公園で2時間ほど喋り倒した。
ラーメンを食べているときから、公園でしゃべり倒すまで、何度も元気が無いのだということが伝わってきて、笑っているのに心が笑っていなかった。

そんな様子を見ると、私も戸惑い、とりあえずその場の空気を口で食べ続ける他なかった。

色々話をして、少し散歩しようということになり、静かになった夜の住宅街を4人で歩いた。こんなところにおしゃれなお店があるよ、知らなかったな(笑)なんて話しながらふらふらと歩き続けていた。

そんな時、たろうが「うわっ」と隣で声を出し、何かを払った。隣にいた私にもその払ったものが手を入れていたズボンのポケット越しに当たり、「大きいな、カナブンかな」などと思っていた。
私に付いていないかなどと少し心配しながら、特に気配を感じなかったので先に進んだ。

それからしばらくして、たろうがまた「うわっ」と言った。
また何かあるのかとおもったら、私に向かって「動くな、虫がついてる!!」と一言。
言われて私も驚き手で払おうとすると、背中の首のあたりをカサカサと何かが動いていた。何が付いているのかは誰も教えてはくれなかった。

それから30秒くらいだろうか、私と姿も見えぬ虫との悪戦苦闘が繰り広げられ、友人に近づけば「頼む、こっちに来ないでくれ」と言われた。
叫び続ける友人たちの中でひとり、少し勇気をもったやつがポケットに持っていたハンカチを私のあたまにバンバン当てて、最終的に虫を地面へと叩き落とした。

ゴキブリだった。
かなり大きめの。

黒い個体がカサカサと夜の住宅街へと消えて行き、静寂につつまれた中で3人の笑い声と私のげんなりした渋めの声だけが響いていた。
たろうが意気揚々と経緯を話し出し、ゲラゲラ笑っていた。

その日、私は最後までぐったりとしつつ早めに帰路についたが、後日もらった当時の動画を振り返ると撮影していたたろうがえらく笑っていたのだ。

ゴキブリは私も嫌いである。
あいつのお陰で私は寿命が2年ほど縮んでいるから、早めに絶滅してほしいとも願う。何も益のないあの虫が今存在している事自体に不満を感じながらここ3年ほど生きてきた。

でも、あの虫をみんなが嫌いであったおかげで、あの日たろうは大きな声で笑った。そして意気揚々と語った。動画まで撮った。
あの虫に何も益のないお陰で、私たちの人生に少し益をもたらした。

嫌いであるものの価値を見た貴重な時間だったと思う。
これは私しか気づいていない、ゴキブリの価値なのかもしれない。

ちなみに、勇敢な彼のハンカチは今ゴミ箱に入っていると聞いたのは、価値に気づいてすぐのことだった。

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