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「頑張る」って言葉が大嫌い

こんにちは、こんばんは。みのんです。

子どもの頃から「頑張る」ことが嫌いで、いつしかこの言葉自体も大嫌いになっていました。

今日はいつもの文房具話とは違うテイストで。

私たちはもう十分「頑張ってる」

何かに必死になることが昔からできません。
ただひたむきに何かを続けられたこともありません。
常に楽をする方へと考えてしまいます。
諦めも早いです。
周囲から「そういう奴」だと思われています。

そんな私でも、過去にがんばりすぎて、悲鳴を無視し続けて、壊れたことがありました。

壊れたものは決して元に戻りません。
それに形があろうとなかろうと。

壊れる前に何度もやめるタイミングはあったのに、警告サインもあったのに、無視できてしまうんです。無意識に。

だから、私は人に軽々しく「頑張れ」と言えません。
もう十分頑張ってるんですよ、皆。
顔で笑って、心で大泣きしてるかもしれない。
頑張ってるの尺度はそれぞれ違う。
大したことない、なんてその人以外言ってはいけない。

わかってほしい、なんて求めません。
わかる、だなんて思えません。
でも、気づける人、寄り添える人になりたい。
何もできなくても。
そう在りたいと思っています。

ふとこんなことを思った夜に、きちんと言葉にしておきたかった。

おわり。

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