死なば

ざく、ざく、と足音を立てて歩く。
握り締めた携帯からは聞きなれた笑い声。
十月の海辺は思っていたより寒くて無意識に体が震える。
「もうちょっと着込んでくれば良かったかな。いや、関係なくなるか。」
ド深夜。しかも海のシーズンなんてとっくの昔に過ぎたこの季節。
夜の海辺に人なんぞ居る訳もなく少し恐怖心を抱きつつ砂浜を歩く。
しばらく歩いてから、どこでも一緒じゃね?
と気付いて足を止めた。
空を見上げると月は満月が終わり少し欠けている。
「…最後まで情をかけるって事はしないんだねこの世界は。」
いつでもネガティヴ思考!
な自分は月を見てもネガティヴらしく、生きていくのに向いていない。
持っていた携帯画面を覗き込んで顔に笑みを浮かべる。
とは言っても無理やり口の端を引っ張ったような形になってしまったけども。
画面越しに笑うあなたに。
いつの間にか恋心を抱いていた。
と嘆いてみたりもしたがまぁ無理な話。
何も知らないあなたと。
何も知らない自分。
交わることはない世界。
「ほんと、情けくらいくれてもいいじゃんね。」
軽く頬を膨らませつつ。
足を水につける。
そのままゆっくり、ゆっくりと、歩みを止めることはしない。
腰まで浸かってもまだ足元の砂はしっかりしていて立っていることが出来る。
でも、服が水を吸って動きにくい。
気を緩ませたらそのまま。
なんてことになりそうだからしっかりと足に力を入れる。
視界を携帯画面から一度離して海を見る。
満月ではなくても月の光は明かりがない海辺ではライトのよう。
真っ暗なはずなのに、海は光っているように見える。
「人って面白いね。」
頭と視覚だけでこんなふうに見えるんだから。
「ってか、これって心中とか思ってたけど心中じゃなくない?」
心中ってあれでしょ?
愛し合ってる二人が一緒に…みたいなやつでしょ?
「心中じゃないなぁ。」
と呟いて体を海の中へ倒す。
一度力を抜いてしまえば後は水の意のまま。
苦しくなる息。
そんな自分を嘲笑うように携帯画面は光っている。
そう言えば防水だっけ。
と暗くなる視界の中でぼんやり思った。

まぁ、死なば諸共ってことで。

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