知らない街に、神がいた
もうずいぶんと前になるのだけど、ばあばを警察に迎えに行ったことがある。認知症が出始めて1~2年の頃、仕事中に電話がかかってきた。
「●●警察署ですが、おばあちゃんを保護しています。すぐに引き取りに来てください。」
ばあばの家から電車で1時間くらいの場所にある、警察署からだった。ばあばのバッグに、私の連絡先が入っていたという。
私はその日、撮影の仕事で、中座することなど考えられない状況だった。夫に「ばあばが警察署に保護されているから、行ってほしい」と連絡すると
「俺は無理」の一言。
(私だって無理だよ!)と思ったけれど、もしも夫が迎えに行ったら、また頭ごなしに怒鳴りつけて、大喧嘩になること必至であろうと考え(そのころ、毎日そんな感じだった。)仕事先の方に深くお詫びして、機材を担いで、警察署に直行した。
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警察署に行くと、ばあばは、取調室のような所に座っていた。警察の方々も数名いた。
「なんで来るのよっ!あんたなんて呼んでないわよ!!」と、目を三角にして怒鳴るばあば。(いや、呼ばれたんですけどね、おまわりさんに。)
警察の方によると、ばあばはレンタカー屋さんに入り、「今日、予約してるから、早く髪染めて」と言ったらしい。
お店の人が「ここは美容院じゃないですよ」と説明しても、頑として譲らない。ついには「私は客よ!いい加減にしなさい!!」と、大声をあげて暴れ始め、困り果てたお店の人が警察に通報したとのこと。
実はその日、ばあばはクラス会があり、それが催される町まで電車で行ったものの、「白髪だらけだから、髪の毛染めなくっちゃ!」と思ったらしい。
なんというか、「綺麗でいたい」という女心ゆえの行動だったのだけど、この頃、甚だしくなってきていた『見当違い』が重なり、大事になってしまった。
「この人たち、全っ然、私の言うこと聞いてくれないの!私はちゃんと予約してるんだから、早く頭やってよ!馬鹿ッ」
と、警察官の人たちも怒鳴りつけるばあば。今度は、警察署を美容院と思い込んでいる様子。
こうなっちゃったときのばあばは、目がどっか遠いところに行っちゃってる感じで、理屈は一切通用しない。
「正しい/正しくない」という次元じゃなくて、「ばあばが今、真実だと思っている世界」に合わせないといけないんだけど、それができそうでできないんだよね・・・
「ばあば、この美容院(警察署のこと)腕が悪いから、もっといいところに行こうよ。私、すっごくいいところ知ってるんだ」と、知らない街で、行く当てもないのに、適当にでっちあげる私(大根役者)
警察署の方も苦笑いしていたけれど、「お嫁さんが言う通りですよ」と合わせてくれた。
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なんとかばあばを警察署から連れ出したものの、どこに行ったらいいか分からない。必死でスマホで近くにある美容院を調べ、ばあばに聞こえないようにざっと状況を話すと「どうぞ、いらっしゃってください」と言ってくれた。
そこは雑居ビルの2階にある、昭和な感じの美容院で、熟年のマダムが切り盛りしていた。
暴れて怒鳴って、髪の毛がやまんばみたいに逆立っていたばあばを見ても、驚くことなく、椅子に座らせてくれた。
「さっき行った美容院が、やってくれなかったのよ!私は予約したのに。おかしいでしょう?」「まあ、それは大変でしたね。お困りだったでしょう。」
ばあばの言葉を決して否定せず、ごくごくふつうに会話してくれるマダム。
髪を洗い、カットして、ブローするにつれ、ばあばの顔がどんどんまろやかに変化していくのが分かった。
「まあ、素敵ですよ。これでクラス会でも若いって言われますね」と、ほめられると、まんざらでもないのか「そおぉ~?」と嬉しそう。ばあばの笑顔を久しぶりに見た。
さっきまでの能面の鬼女のような表情はどこへやら、すっかり「すてきなおばあちゃま」になっている。対応ひとつで、こうも変わるのか・・・マダム、神か。
これまで、こういう状況に陥る度に、私はなんとか、宥めようとしていたんだけど、いつも火に油を注ぐ結果に終わっていた。何をやっても、ばあばから敵視され、暴言暴力の一番のターゲットになり、もう、どうしたらいいか分からない状況だった。
でもそれは、ばあばの一見「訳の分からない行動」の根底にある「不安」を無視していたからなのだと、今ならば、わかる。
ばあばは、自分を尊重してほしかったんだと思う。世の中とぎくしゃくする自分に、不安や怒り、そして恐怖心も感じていたんだと思う。
「認知症は困った病気」、「私は被害者」と思い込んでいた私は、ばあばをコントロールすることばっかり考えて、人としてふつうに接することができなくなっていたのだった。
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