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プリコジンの旋律

「プリコジンを飲んだら、どうなるんだ?」
 ワグネルは散弾銃を手にしながら、立て籠もったアパートの一室で、仲間の一人に尋ねた。
 彼らはテロリスト集団の一員で、政府に反対する声明を発表するために、このビルを占拠したのだ。
 しかし、警察の包囲網によって逃げ場を失い、追い詰められていた。
 プリコジンとは、彼らが持ち込んだ自殺用の薬だった。
 捕まる前に死ぬことを決意した者は、これを飲むことになっていた。

「プリコジンを飲んだら、どうなるって……」
 仲間は苦笑しながら答えた。
 「死ぬんだよ。痛みも苦しみもなく、あっという間に死ぬんだ。それがプリコジンの効果だ」
 「そうか……」
 ワグネルは薬の入った小瓶を見つめた。
 彼は死ぬことを恐れていなかった。
 彼は自分の信念のために戦ってきた。
 彼は自分の行動に誇りを持っていた。
 しかし、彼は音楽が好きだった。
 特にワグネルの楽曲が好きだった。
 彼は自分の名前もワグネルから取ったほどだった。
 彼はもう一度、ワグネルの音楽を聴きたかった。

「おい、ワグネル。決断しろよ。時間がないぞ」
 別の仲間が急かした。
 警察は突入する準備をしているようだった。
 「わかった。わかったよ……」
 ワグネルは小瓶の栓を開けた。
 そして、中身を一気に飲み干した。
 「さよなら、みんな」
 彼は散弾銃を床に置いた。
 そして、ポケットからイヤホンとスマートフォンを取り出した。
 スマートフォンには、ワグネルの楽曲がダウンロードされていた。
 彼はイヤホンを耳に差し込み、スマートフォンの画面をタップした。
 すると、彼の大好きな曲が流れ始めた。

「ニーベルングの指環」第三部「ジークフリート」序曲

 これが最後の音楽だと思って、彼は目を閉じた。
 彼は自分の心臓が鼓動するのを感じた。
 それは徐々に遅くなっていく感覚だった。
 彼は何も感じなくなっていく感覚だった。
 彼は何も考えなくなっていく感覚だった。

 やがて、彼は何も聞こえなくなった。

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