みにさき★陰キャでも世界で通用すればいい!
自分らしい働き方を求めたOLの自叙伝〜起業失敗から這い上がる行動力〜
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自分らしい働き方を求めたOLの自叙伝〜起業失敗から這い上がる行動力〜

みにさき★陰キャでも世界で通用すればいい!

まえがき

ミニサキです。この記事は「やりたいことが見つからない」「なんとなく一歩が踏み出せない」という方むけに、日本で波乱万丈を経験し、今マレーシアで働いている私が、お尻に火がついて行動した体験談を紹介するものです。

現代はIT化、グローバル化が進んで色々な生き方ができるようになりました。コロナの影響もあってリモートワーク化も進み、これからの働き方について考えさせられる機会が増えたと感じています。

ただ、最近周りの人から、よく生き方や働き方に悩んでいる声をよく聞くようになりました。

会社員をやめて起業をした人が、会社を辞める前には寝る間も惜しんで作業していた。

全く英語を話せなかった人が、海外の大学に行くことを決めて半年間で英語を猛勉強して合格した。

よく、こんな話を聞きませんか?
すごくエネルギーや行動力がいることだと思います。

私は、一人っ子で元箱入り娘。マイペースに亀のように進むタイプで、徹夜をしたことなどは数えるくらいしかありません。

瞬発的に行動して結果を出す人を見て
いったいこの人たちは徹夜で何をしてるんだろう?
どこからそのエネルギーが湧いてくるんだろう?
といつも思っていました。

会社と家の往復、休日はいつも同じ友達を過ごし、たまに国内旅行。
不満はないけどどこかモヤモヤして物足りない。
熱い夢や情熱なんて湧いてくる気配もない。

過去そんな毎日だった私ですが、今まで2度だけ気づいたら夢中になって時間を忘れて行動していたことがあります。

1回目は、会社をリストラされてからフリーランスの英語コーチとして活動し、月収20万円を達成したこと
2回目は、6月に一人暮らしの家を断捨離し、50万円の借金を返済して翌年2月に海外就職を実現したことです。

私は、現在海外で起業しているわけでも、フリーランスになっているわけでもなく、マレーシアで会社員として働いています。

起業に成功していると言えるような状況ではないと思いますので、稼ぎ方や起業の仕方を知りたい方は他の方の記事を探されることをお勧めします。

ただ、一年前は返済をしながら、寮に住んで働いていた私でも、現在はマレーシアのコンドミニアムに一人暮らししながら、本業の仕事と発信で毎日スキルが磨かれるのを実感しています。

SNSで発信している人に、行動力を褒めてもらう機会も増えました。この2つの体験があってからこそ今があると思っています。

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人生で2度、夢中になって行動した体験は、ごく平凡で超マイペースなOLだった私の中では成功体験に入りますので、同じような境遇の方に向けてシェアできればと思いました。

これから、やりたいことに没頭するヒントになれば嬉しいです。

この記事を読むと
・没頭して行動した体験談から、やりたいことに夢中になるヒントが見つかります。
・今どん底でも、行動しようというパワーがみなぎります
・自分らしい働き方・人との繋がり方のヒントが見つかります

読んで頂いた方の感想

1年前からのBefore&After

マレーシアで現地採用で営業・マーケティングの仕事をしながら、個人で情報発信を楽しんでいるミニサキと申します。

一年前の2020年の1月、私はカードのリボ払い、いわゆる「借金」の返済を終えたところで、海外就職の準備中でした。

返済が始まる2年前は生きてるのに死んでました。フリーランスに失敗し、残ったカードの支払い。手元にお金がなくカードでスーパーで買い物して増える支払いに罪悪感&ため息の毎日でした。

一人暮らしの家を引き払ってリゾートバイト という住み込みで働くホテルの仕事をすることを決意し、合計5ヶ月で55万円の借金を返済しました。同時平行でオンラインでマレーシアの海外就職の面接を受けていました。

リゾートバイト で実際に生活していた寮の様子です。無償で住ませていただいていましたが、最初思わず「何か出そう!」と思ってしまいました;

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2020年2月、マレーシアに渡航し海外就職、6月から一人暮らしをはじめました。日本では考えられない値段と広さのコンドミニアムに住むことができています。広さは55平米あり、屋上からは街並みが見渡せ、プールもあります。

2020年12月、クリスマス休暇を利用してマラッカ に旅行に行ってきました。一年前借金地獄だった時にはもう海外で休暇を過ごすなんていつになるのだろうと思っていました。自分でも変化にびっくりしています。

家の変化、旅行に行けるという物質的な面以外にも、目に見えないものを受け取る力も大きくなったと感じています。例えば

・スキル磨きに集中できる環境へ転職できた
・9月から始めた音声配信で3ヶ月半で10,000回再生を達成
・SNSで価値観が近く応援される仲間ができた
・ホテル無料宿泊券・ヘッダー作成抽選1名プレゼントなどに当選した
・道端の花など小さな幸せを感じられるようになった

私の人生を変えたのはSNSでした。リゾートバイト という稼ぎ方のアイデア、海外就職、そして今応援される仲間なども全てSNSの繋がりからです。

なぜ海外に行こうと思ったのか。過去どんなことがあってカードのリボ払いに手を出したのかも紹介していきます。

私の簡単な経歴 親の望む人生からワーホリまで

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借金して返済し海外移住なんて、破天荒な人生だなと思う方もいらっしゃるかと思いますが、私は実は父は公務員・母はパート主婦の家に生まれ育った箱入り一人娘
起業やフリーランスとは無縁の環境にいました。

父は戦後育ちの学歴至上主義で、中卒の自分みたいな苦労はさせまいと私をエスカレーター式の私立の女子校を勧める、いわゆる教育パパでした。

母は、女性は大学とかいかず幸せな結婚をという考え方でしたが、父には逆らえない亭主関白な夫婦の関係。
ストレスが溜まって仲のいい姉(私の叔母)に夜に隠れて電話で愚痴を泣きながら言ったりすることも。
6人姉妹の末っ子だったのでお下がりで育ち、節約や我慢が当たり前貧乏が骨の髄から染み付いていました。

今となっては、そんな環境で育ったのにお金のかかる私立の中学・高校・大学に行かせてくれたことに感謝しています。

父は体調を壊して私が大学生の時仕事を早期退職、最後の方はメンタルも不調で仕事にいくのが精一杯でした。

子供ながらに「人生とは苦しく我慢が必要なのだな」と思いながら育ちました。

私は大学まではいわゆる「親の望むような」生き方をしていたと思います。

なんとなく勧められるまま大学に行き、アメリカに当時住んでいたいとこの影響で興味があった海外留学も気になるけど、新卒での就職が当たり前な流れでなんとなく就活

土日がメインのサービス業の営業職だったので、
「このままここで働き続けて未来はあるのだろうか?
と考えながら、気になったのがワーキングホリデーでした。

「一度は海外で生活してみたい」
という夢を叶えるため、自分の働いた貯金で留学エージェントに登録して準備し、親を説得して26歳でオーストラリアに ワーキングホリデーへ

一年滞在して帰国しました。

帰国後キャリアアップは甘くなくクビ→フリーランスへ

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海外で日常の意思疎通も英語でそれなりにできるようになったし、海外でバイトの経験もある。

帰国後は海外営業とか世界を飛び回るかっこいいキャリアウーマンになるんだ!と意気揚々としていた小娘は、就活して世間の厳しさを知ります。

海外に行った期間は、特にワーキングホリデーだと「ブランク」とみなされ、特に正社員を目指しての就活には苦労するところがあるのが日本の就活システムの厳しい現状です。
(もちろんその方の経験やワーホリで何をしたかにもよります。)

TOEICという英語の資格試験で300点アップしたことをアピールするものの、職務経験がまだ1社しかなかった私の場合は転職の壁は厚かったです。

以前はパソコンとは無縁の営業職だったので、ワード・エクセルを本を買って勉強し、派遣会社のパソコンテストに合格してなんとか英語を使う事務職をゲットします。

今思うと事務は向いていなかったのですが、当時は英語を使って仕事をしたい、と英語にしがみついて必死でした。

その後キャリアアップを狙って地元の関西を離れて名古屋のメーカーへ、契約社員での購買の仕事へ転職します。

一年で正社員になれるはずが、欠員補充で、女性は万年派遣or契約の事務員の部署への異動が決まります。
古き良き業界で、男性が主役で女性はサポートの文化でした。

正社員の夢が破れ、やけになって休みのたびに行っていた海外旅行中に体調を壊し、その後治療のため仕事を休んでしまいました。

会社からはその年の契約期間満了で契約を終了とされ、3年で退社しました。

それでも「ブランクを作ってはいけない!」と這うようにして受けた転職の面接で外資系の小さな会社の正社員のカスタマーサーポート(営業事務)の仕事をゲットします。

そこで気の強い女性とうまくコミュニケーションできず、毎朝ミーティングでミスを指摘されるなどの攻撃にあいました。

そんな中、会社の業績が思うように伸びず誰か1人辞めることになり、人間関係が悪い私が選ばれ、社長から会社都合の退職を打診されます。

私は交渉する気力もなく、引き受けて退職することを選びます。今思うと、正社員というポジションにこだわりすぎて消耗していたと思います。

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もう会社で働くとクビになるから嫌だ!とその後は会社に頼らず生きていく道を模索した私。

もともとクビになる数ヶ月前から、副業セミナーなどに興味があって情報収集していました。

退社した2016年当時はFacebookで起業女子が月収100万円!などと投稿が目立つ個人起業ブームでした。

英会話講師の経験はないけれど、短期間日常会話だけ特訓したら、海外旅行行って帰ってくるだけのコミュニケーションはできるはず!と自分の中で揺るぎない信念があり(笑)、それを証明したくて自分で英語コーチングをすることを考えます。

セルフブラック起業&カードでリボ払い

この写真を撮っているのは2017年に本格的に英語コーチングを始めて約一年後、コワーキングスペースでイベントをしているの様子です。
普通そうに見えますが実はこの時すでに心は砂漠化状態でした。

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英語コーチの仕事で独立するはずが、コンサル代のカード支払いでお金が回らなくなっており、以前よりも自分の仕事以外の労働時間が長く、多い時は3つバイトを掛け持ちしていました。

ホテルのフロント仕事をした後、そのまま徹夜でコールセンターで働いたこともあります。何が起こったのでしょうか?

ここからは、私に実際に興味を持ってくださった方へ、赤裸々な体験を「失敗の原因と対策」という形で書いています。

リアルな友人や会社関係の人には話したことはありませんし、SNS繋がりでも限られた人にしか詳しく話していません。

借金返済している明細も掲載しました。
これまでのエピソードを見て、続きを見てもいいよって方は、私にコーヒーを奢る(マレーシア価格ではランチを奢る笑)感覚で購入いただけると嬉しいです。

また、私は自分の失敗経験から、人の感動体験談にお金を払ってサポートする文化が広まればいいなと感じてます。

ここまでお読みいただいた方も、貴重な時間を使っていただきありがとうございました。

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マレーシアに住みながらフリーランスを目指して副業ライター活動をしています。3日で250部DLのKindle作家📖‍。自己肯定感ゼロの視野が狭いOL→パワハラでクビ→日本社会適合を諦め30代で異業種海外転職。SNS,ブログ,海外,ビジネスの話多めです。