あの夏、私は一つの武器以外を捨て去った
英語の教師として教鞭をとっている私だが、勘違いしないでいただきたいのは、私は別に英語が好きでも得意でもないということである。英語を学ばざるを得ない状況に置かれ続けてきたので、止む無く英語という武器を手に入れた、という方が正確だ。
私が、いかにして、この武器を手に入れたのか、時は高校時代に遡る。
高校1年生の夏。担任との進路面談があった。今にして思えば、華の女子高生になって4ヶ月、高校生活を謳歌するには、まだイントロの時期に突如現れた進路面談というダンジョンで、私は衝撃の発言に撃たれる。
担任と私、両者向き合い、着席するや否や、息つく間もなくその弾は放たれた。「お前はもう、数学も化学もやらなくていい。英語だけやれ。」
確かに私の数学的思考能力と計算力は、他の人の底辺を支えるどころか、支えるには心許ない程度の低さではある。それでも「なんとか頑張れよ」と励ますのが教師ではないのか。いや、きっとこれは私の学習意欲を計っているに違いない。試されているのだ。
ここは模範解答でいくのが正解だ。正攻法でいこう。「いえ、確かに数学は苦手科目ではありますが、頑張りたいです。」
そして放たれる2発目。「いい。英語以外は、2でいい。」
なんと。正々堂々立ち向かった純粋な心意気の防御力は0だった。彼が放ったその弾は、中学時代3年間オール5という、数少ない私の自尊心の支柱をいとも簡単にへし折った。あまりにも鮮やかな散り様。
その後、散り砕けた欠片を集めようとしてみたりもしたが、結論から言えば、私は本当に思い切って英語以外の学習はやめた。優良生徒ともてはやされた過去の自分を脱ぎ捨て、英語以外の教科は、最低限の努力と先生方の恩赦により、赤点ぎりぎりを低空飛行で飛びきった。
大学に進学するためには、英語しかない。私が戦うことのできる武器は、英語しかない。あの夏、私にとって、英語は「目的」から「手段」となった。実は、語学を学ぶ者にとって、この「目的」と「手段」の逆転は、非常に重要なことなのだ。
要は、英語も日本語も、言葉というのは、より多くの知識を得たり、他者とコミュニケーションをとるためのツールに過ぎない。ならば、そのツール(手段)を用いて、何を達成したいのか、何を得たいのかというゴール(目的)が明確でない限り、終わりなき長距離走をしているようなものだ。
フルマラソン42.195kmを走り切る。ゴールテープがあるからこそ、ペース配分や給水のタイミング、フォーム、装備など、効率的に目標達成のための作戦を立てることができる。モチベーションも保つことができる。とりわけ、語学学習については、学ぶことそのものをゴール(目的)にしていては、その武器で戦うこともなく、もはや武器としての威力は必要ないので、惰性と自己満足で造られたモデルガンになりかねない。それはあまりにもったいないとは思わないか。
そんなわけで、私は大学進学という目的のために、英語という手段をもって立ち向かったわけである。「目的」に磨かれた武器は、そこそこの強度を誇り、無事に英語1科目で大学進学を果たした。
お気づきだろうが、英語1科目で合格できるのは、外国語学部くらいである。もれなく外国語学部に入学し、ここでまたもや「英語」は「手段」としての意義を求められることになる。学科としての専攻は、観光業や国際関係論なのだが、必修科目の半分はネイティブによる英語の講義、そして使われるテキストや論文の多くは英語で書かれているのだ。ジーザス。
そうして4年間を過ごした結果、私の武器はバージョンアップされた。
英語そのものを学んだ実感がないまま、気づいたときには、それなりに英語は上達した。就職氷河期という戦場でも、この武器に助けられた。
私が英語を使うとき、いつもそこには「目的」がある。英語は、あくまでその「目的」を達成したり、必要なものを手に入れるための「手段」である。だから必死になれる。必然性がある。モチベーションが生まれる。
英語を含め、語学を自ら学ぶ人たちには頭が下がる。純粋に、本当にすごいと思う。その意欲と向上心を、語学習得そのものではなく、ゴール(目的)に向けてみてほしい。あなたが今、手に入れようとしている武器(ツール)で、成し遂げたいことは何か。成し得ることは何か。
そして、その武器で戦うのだ。社会という荒波の中で、世界という大舞台で。きっと、その戦いの中で、拓ける道がある。つながる人がいる。
ついでに言えば、語学という武器は錆びるということも覚えておいてほしい。油をささぬ銃や、研がぬ剣が行く末は想像するに容易い。
だから、TOEICなどのスコアに有効期限がある。言語は、使わねば衰える。言葉は紡ぎ続けることが大切だ。(なぜか英検だけは生涯資格なので、孫に自慢した方にはおススメしたい。)
さて、長々と書き連ねてみたものの、私の武器は今、どれほど使い物になるのか。リンゴくらいは鮮やかに切れると良いのだが。
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