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赤いプラスチックのカメラ

カメラをはじめてからよく聞かれることのひとつは、写真を撮り始めたきっかけで、いろんな方にかいつまんでお話しているのだけれど
カメラを好きになったきっかけはまた別にあって、これはまだ誰にも話したことがない。

それは、もうずっとずっと前の、わたしがまだ小学校に上がる前の話で
わたしはそのころは一般的な、出かけた時や、何かの記念の時に親に撮ってもらうことがあるくらいのこどもだった。

ある時、小学校に上がるにあたって、わたしは両親と家具屋に学習机を見に行った。
そのとき両親が選んでくれた学習机には、おまけとしてなぜか赤いプラスチックのフィルムカメラが付いていたのだった。

それはどこのメーカーのものかもわからない、トイカメラ(という言葉も当時はたしかまだなかった)とも言えないような、本当にちゃちな代物だったのだけれど、こどもだったわたしの手にはちょうどよい大きさで、自分だけのカメラだと胸を張るには、そしてはじめて手にしたカメラというものを愛するには十分すぎるものだった。

家庭はけして裕福ではなかったので、両親はフィルムを買ってくれはしなかったけれど
学習机の引き出しの三段目にしのばせたそれを時折手にとっては、かしゃん、かしゃんとシャッターを切って楽しんでいた。

結局そのカメラでは1枚も写真を撮ることはなく、いつのまにか無くなっていて、後日母から、新しいカメラを買うための下取りにしたと言われてしまったのだが

大人になってフォトグラファーのはしくれになった今でも、あの赤いプラスチックのカメラの、つるりとした手触りと、軽いシャッター音は、頭の隅にずっと色褪せずにある。



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