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夕焼けの色は赤じゃない

あれはたしか小学校の高学年のころで、弟がインフルエンザかなにかで入院したときの、お見舞いの帰りだったように思う。

父とわたしで、当時その病院のちかくにあった書店に立ち寄り、わたしはなにか1冊買ってもらえるというので、棚に並ぶ色とりどりの本たちを物色していた。

本当のところ、集めていた漫画の続刊が欲しかったのだけれど、宿題をやってない身としては強く出られなかったので、ほかの手ごろな本を探していたのだ。

そのとき目に止まった本が、北村薫さんの「ターン」という小説だった。
わたしが初めて読んだ長編小説である。

もともと本が好きではあったけれど、北村さんの、透明感があり瑞々しい文体に、そして柔らかく優しい描写に、あっという間に引き込まれ、なんとなく買ってもらった本だったが、一息に読んでしまった。

そのなかでも深く共感したのは、夕焼けは赤じゃない、と主人公の真紀が述べるところだ。
「サーモンピンク、薄紅、ローズピンク、朱鷺色…」

そう、ごく稀に出会う、心が震えるほど美しい夕焼けは、赤じゃないのだ。
「真っ赤な夕焼け」という言葉を、子供ながらにずっと疑問に思っていたことを、誰にもうまく伝えられなかったことを、北村さんはすっと美しい言葉にしてくださっていたのだった。

それから幾度か、泥だらけになって遊んだあとに、犬の散歩の途中に、学校帰りの電車の窓から、そんな夕焼けに出会い、いつかこの色を形に残せたらと思いながら大人になって。

そうして写真をはじめてからは、幾度か夕焼けも撮ったのだけれど、そういえばここ数年、”赤じゃない”夕焼けに出会っていないな、と今ふと思った。


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