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ニシンそばから、歴史を味わう!

 昨年、「世界史を変えた50の食物(邦訳本タイトル)」(Fifty Foods That Changed The Course of History)という本を手にして読んだ時に、国家の運命は食べ物にかかっていることに驚かされた。そのような食物は北京ダックやハンバーガーなどの料理以外に、小麦粉、ジャガイモなどの食材も含まれている。知っている食物が多いが、全く知らない食物も少なくない、その一つが「塩漬けニシン」だ。

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             真ん中はニシン

 その本によると、中世の初期、低温の海水でニシンの餌になる物が豊富である欧州の北海とバルト海にはニシンが大量にいた。当時は、冷凍技術がなかったので、鮮魚が腐らない内に運ぶことができなかった。魚が腐る前に、24時間以内に内臓を抜いて、塩水と一緒に樽に詰める必要があった。こうした塩漬けのニシンは安価で、大量に欧州の多くのところへ運ばれて、北欧に限らず、当時の欧州では商業上最も重要な水産物であった。国を跨る流通が順調に行われるため、国境を超えた都市間の商業同盟であるハンザ同盟へも発展していた。いつくかの点で、現在の欧州連合の先駆とみなすこともできるという

 歴史にかかせないニシンは一体どんな味か、その時はまだピンときていなかった。見たことや食べたことはあったかもしれないが、多分、普段あまり聞かないため、記憶に残らなかったのだろう。

 それからしばらくして、京都の友人と、京都の台所と言われる錦市場をうろうろしていたところ、友人のおすすめで、一軒の小さい食堂に入って、そこで、人生ではじめてニシンそばを食べた。店員さんからニシンそばが出された瞬間、少しビックリした。見たことのないシンプルさと素朴な形だったからだ。しかし、一口食べてみると、なぜかその独特な美味しさに魅了された。

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              ニシンそば

 友人によると、ニシンそばは京都の名物であるそうだ。京都は海に面していないのに、なぜ京都の名物なのか疑問に思った。その後、調べてみたところ、なんと、北欧と同様に日本でも、昔、ニシンの産地となる北海道から、京都を含め日本各地まで運ばれていたのだ。海に面していない昔の京都にとっては、ニシンの動物性タンパク質が実に貴重な存在だ。

 単に栄養の摂取という目的にとどまらず、京都ではニシンの調理法や食材の組み合わせも工夫された。資料によると、明治15年に京都の四条にあった蕎麦店「松葉」により、時間をかけて骨まで柔らかくなる甘煮ニシンとそばを組み合わせた「ニシンそば」が発案されたのだ。京都では、蕎麦はお寺の食文化として発達し、徐々に庶民へも広まっていったのである。そのため、うどんが盛んな関西において、例外的に京都では蕎麦文化が根づいた。ニシンそばは、京都ならではの上品なお出汁にニシンの脂が溶け出して独特の深いコクを生み出し、甘煮のニシンの身が淡泊な味の蕎麦とよく合って、上品な味わいとなった。その組み合わせが京都の人々に受け入れられ、京都で年越しそばといえば、ニシンそばが定番になるほどだ。

 実は、ニシンそばだけではなく、鯖寿司、湯豆腐、棒ダラと海老芋など、同じ食材でも、京都で独自の発展を遂げた料理がある。食材の調達に不利な内陸にあるため、限られた食材を美味しく食べるための工夫を積み重ねるのだ。それこそが京料理の特別な味わいといえるのである。

 現在では、冷凍技術も流通も発達し、新鮮な食材が京都でも簡単に手に入る。一方、もともと庶民的な食材であったニシンも明治後期からの漁獲高の激減により少なくなり、ちょっと高級的な食材となってきた。欧州でも同じような事情が起きたという。そして、時代に伴い、ニシンの栄養価値も再認識されている。良質なタンパク質だけでなく、ビタミンやミネラルのバランスがとれた優れた食材だ。これを健康食材でもある蕎麦と合わせることで、さらに栄養バランスのとれた食事と評価される。ニシンとニシンそばは、また注目されるかもしれない

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スーパーでみかけたニシン姿煮

 京料理は、新鮮な素材や高級な食材を使った綺麗な盛り合わせ、というイメージが強く、ニシンそばから京料理の奥深さと広さを再認識することができた。ニシンそばには、歴史の味が凝縮されているだろう!

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