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月待講

(今日は血の話なので苦手な方はスルーしてください)


日本の地域社会には、十九夜(十九夜観音)や二十三夜に女性が積極的に集まる講がありました。これは月を祀り、子授けや出産、育児の安泰を願います。
月と女性と聞くと明らかに生理現象と結びつきます。それは神秘的な体験であると同時に女の不浄でもありました。


女性は経血を洗った水を川に流すことにより、血の穢れを広めるとされ、血の池地獄は女性が堕ちる地獄だとされていました。その宿命を回避するために地域の女性達が集まって血盆経を唱えたそうです。(血盆経については浅い知識しかありませんので、もう少し勉強します)
血を穢れとするのは仏教的な観念で、仏教が入る前の神道においては血は忌み慎むものではありましたが、穢れではなかったように見受けられます。


折口信夫は生理現象=神と婚姻している証という説を立てています。
古事記のミヤズヒメのくだりでは、ミヤズヒメが生理中にも関わらずヤマトタケルと契ってしまったので、神の怒りに触れてその後死んでしまったという解釈が為されています。
ここのくだりを読んでも、血=穢れの観念は見出せません。
神話ではツクヨミの記述が少ないのでどんな神様なのかイマイチ分からないのですが、少なくとも女性が月に託した願いは昔も今も変わりませんね。

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