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VOl.5「あの公園から見上げるソラと、介護士シドの日常」

#事実に基づいたフィクション  
#東京の公園 #健康寿命 #公園の楽しみ方 #認知症 #介護の職場 #60代の生き方 #やま #山下ユキヒサ

「あの公園から見上げるソラと、介護士シドの日常」VOl.5

(2145文字・5.4枚)

※これはシリーズものです。




それがこの公園を、頻繁に利用する始まりときっかけだった。

公園に立ち寄るのは仕事のある日だけという条件付きながら、僕はここの常連さんとなった。

それからこの公園への恋までは、もう目と鼻の先。

一直線だった。

グループホーム。
9名の入居者が生活している。

夕食作りがはじまった。
昼食作りは利用者の佐竹さんが担当したので、夕食は別の方、小島さんになった。

小島洋子さん(仮名)82歳は最近太ったのか後ろ手で留めるエプロンのボタンがなかなか留められない。小柄でぽっちゃりの体型。

「後ろ留めてくれる?」
今までそんなこと言われたことなかった。
本人も気付いてる、最近太ったこと。
太った理由も実は認知症に関係があった。

さてっと。
念入りに手洗いし、利用者さんにもマスクを付けてもらう。
ところで、職員は勤務中はずっとマスク装着。一介護ごとに使い捨ての手袋を使用する。

さて、夕食作り。
職員一名と利用者さん一名で始める。時々は、座りながら手伝ってくれる他の利用者さんもいる。

毎食、ホームの食事は職員と利用者さんが一緒に調理する。
メニューは決まっていない。
冷蔵庫や食品庫から食材を選び、その場で決める。

「あら、きれいに切ったわね」
「料理の腕あげたんじゃない?」

調理台の上。
ボールの中に刻まれた玉ねぎを見て小島さんは言った。

シドのことを褒めたのだ。

いやいや、それを切ったのは小島さんだから。
それもほんのさっき、3分前。

「それ切ってくれたの小島さんですよ」優しく伝える。
「えーそうだっけ?もう忘れちゃった」

こんな指摘も本当はしない方がいいのかもしれない。忘れてしまった人に、忘れてるよ、という念押し。
ただ、こうして伝えていかないと、困ったことが起こるのだ。実際に以前あった。

だから、一つの作業を終えると、「さすが」や「ありがとう」の言葉を伝え、小島さんがやってくれたんだよ的な、会話の中でアクセントを付ける。
少しでも記憶に残るような食事作りの場を心掛ける。シドは介護士。

葉山さんは自分が野菜を切ったり、肉を切ったりなどの調理のことを、その場ですっぽりと忘れる。
最近ではその短期記憶の時間短縮記録を更新中。

だから、こんなことが起こる。

小島さんが食材を全て切ってくれても、私に一つもさせてくれない。職員が一人でどんどんやった。というクレームが以前あった。

女性が多い入居者。
何十年も主婦業の中で、家族のために食事作りをしてきたという方は多い。
食で家族を支えてきたという、自負がある。
自分もまだ若く、子供を育てる喜びを感じ、いきいきと生活していた時代。

「息子わねー、びっくりするぐらいよく食べたのよー」

運動をしてた息子さんの、高校時代を回想した言葉をよく聞く。

大変だったが、母親として家計を節約しやりくりしてきた。そんな暮らしを支え、懸命に生きたという実感がある。

それは人生への満足感にもつながっているのだろう。
そんな記憶が、食事作りがきっかけとなり、込み上げくるのかもしれない。

「私、料理しなくちゃ、おかしくなっちゃう」
以前、小島さんが放った言葉だった。

食事を作りたい人は他にもいる。
だから小島さんに限らず「私、最近、食事作りしていないんだけど…」の訴えがある。

佐竹さんだ。
いや、最近って、朝食は佐竹さんが手伝ってくれたんだけど。

職員は希望する方に、食事作りの機会が均等になるように声掛けをしている。

食事のメニュー決めは、利用者さんからリクエストがあったり、職員から「今日、何にする〜?」と尋ねることもある。

今日は○○の炒め煮ね。と伝え調理を始めても、今日はおかず何にするの?と、そのあと何度も聞かれる。

そんな利用者。
佐竹礼子さん(仮名)81歳。

これは味噌汁の具です。豆腐と油揚げ。最後に長ネギ入れましょうか?

これは炒め物に使います。小松菜、にんじん、厚揚げ、しいたけと豚肉の甘辛い味にしましょうか。
何種類もの具材が調理台にひろがっている。

味噌汁はこの具材、炒め物はこれ、と説明する。

これは味噌汁でしたね、いや、そのにんじんは炒め物。これは、炒め物でしたね。いや、その豆腐は味噌汁。

何度も説明。食材を分けて分かりやすいような工夫もする。

佐竹さんは以前、和食のお店を一人で切り盛りされていた、元プロ。
昔の写真を見せてもらうと、有名人もちらほら。

しかし、今は、食材の名前が出てこない。
シドが声をかける。
佐竹さん味噌、冷蔵庫にしまってもらっていいですか?

目の前、手元にある味噌のパックが見つけられない。視覚的には問題ないが、モノの名称があやふやになりつつある。
あっ、それです。シドが指を差す。

「あー、私って、ノウタリンネ〜」
悲観する佐竹さん。
「いや、目の前のものって見えないもんですよ、僕もそう」とフォローを入れる。

千切り、イチョウ切りの言葉は忘れても、説明するときっちり切れる。これは手続き記憶だ。
そして、プロの仕事をする。

認知症の方々も、いろんなことが出来るのだ。

VOl.6につづく

ではまた。

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