ただの参列客

父の運転する車に乗って、斎場に着いた。親戚の葬式で来たことのある斎場だった。親戚の葬式で来た時は、私はただの参列客だった。どこか他人事でいられた客だったのだ。悲しんで、お焼香して、夜は思い出話をしながらお寿司をつまんでビールとバイヤリーズを飲めばいい客。帰ったらお塩を撒いて、シャワーを浴びたらなんとなく日常に戻れてしまうただの客。時々思い出しては悲しめばいいただの客。私はそんな客の感覚で斎場を歩いた。大丈夫、誰か遠い関係の人のお葬式で来てるだけ。しかし、会場に着くとまぎれもなく自分の夫の遺影が堂々と飾ってある。自分が知っている人たちの名前が花々とともに彼の遺影を囲む。私はどういうわけか喪主なのだ。

葬儀屋さんに祭壇に並べるお花の順番を聞かれる。不思議なウイルスで誰が来るわけでもない葬儀に順列など必要なのだろうか。そう思いながら、まるで結婚式の席順を決める要領で彼の遺影を囲む花々についた名札の席順を決める。

「明日は9時前に集合です。明日葬儀の際にかけた故人が好きだった音楽があれば持ってきてください。今日はゆっくりお休みなってください。」

悲しい目をした担当者が言った。声に優しさが滲んでいた。

「あの、明日は何を着ればいいんですか。黒い着物とか持ってないんですけど、借りられるのですか?」私はドラマでよくみる喪服で遺影を抱きしめる未亡人像を想定して聞いた。

「いや、家族葬ですので、黒い喪服であれば大丈夫ですよ。」

そう聞いて、ほっとした。着慣れない着物を長時間きられる気力はどこにも残っていなかった。



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