朝起きたら世界が変わっていた ②
震える手で119番を押した。
つながるや否や、叫んでいた。
「夫が冷たいです。息していません。
〇〇区XX-XX-XX、〇〇区XX-XX-XX、〇〇区XX-XX-XX、〇〇区XX-XX-XX、〇〇区XX-XX-XX
お願いします、お願いします、お願いします、お願いします。お願いします。
とにかくお願いします。」
向こうが何を言っていたのかは覚えていない。ただひたすらに住所を唱えた。「お願いします」は消防署に言っているのか、神様に言っているのかわからないまま、唱え続けた。
完全にパニックに陥りながら、心臓マッサージをしながら、妙に冷静なもう一人の自分が身体から出てきた。
私が救急車に乗ったら、子供たちはどうするのだろう。そうだ、妹に電話しよう。20分ほど離れたところに住む妹に電話した。
「今すぐきて!彼が息してないの!お願い。今すぐきて!」
声にならない声で伝え、ひたすら救急車を待った。どれくらいの時間がすぎたのであろうか。早く誰かにきてほしい。お願い、ひとりにしないで。どうすればいいの。
玄関から飛び出て救急車を探した。ちょうど、薄いブルーの制服をきた消防隊員がかぼちゃ色の担架を持って迷っていた。
「こっちです、お願いします、お願いします。」
消防隊員が6-7人だっただろうか。リビングのソファに横たわる彼を囲んでいる。きても、あまり急ぐ素ぶりはない。担架の準備をしているだけで、のんびりしているように見える。誰も彼に心臓マッサージをしていない。きっと、もう死んでいると判断したのであろう。もう何をやっても無駄なんだ。
耐えかねて私が心臓マッサージを始めた。
すると、消防隊員の方が、
「僕たちがやりますので。」
と言って、彼の身体から私をそっと離した。
担架に乗せられた彼は担がれながら狭い階段を降りていく。
嘘だ、嘘だ、これは全部嘘だ。これが現実なはずはない。夢なんだ。
階段を舞うようなだらんとした腕だけがリアルに見えた。
その後、彼の保険証やらを持って救急車に同乗するように言われた。
「奥さん、パジャマですけど着替えますか?」
そんなことはどうでもよかった。グレーのタータンチェックのパジャマの上にコートを羽織って、救急車に乗った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?