夫の喉仏
告別式を執り行った会場から、焼き場へ移動する。
ガランとした葬儀場、高い天井、石でできた壁。
焼却炉にあらゆる熱を奪われ、全てが冷たかった。
最後のお経が読み上げられ、彼は焼却炉に飲み込まれていった。冷たい身体に最後の熱が触れ、彼は灰となる。
焼却炉に入っていった瞬間、息子が焼き場から脱走した。
追いかけると、斎場の入り口付近の柱に背を預けて泣いている。動悸がする。何も言葉が出ない。ただただ抱きしめて、一緒に泣く。
どれくらいそこにいただろうか。喪主である私が必要らしく、弟が呼びに来た。夫は、灰となったのだ。灰になった彼に会いに行かねばならない。
私は息子とずっと泣いていたかった。誰か代わりをして欲しかった。思わず夫に代わりを頼もうとしたが、他でもない夫の骨拾いだ。
仕方なく息子を弟に預けて、焼き場へ戻る。
焼き場のオペレーターが、まるで上手に焼き上がったパンを出す職人のように、灰となった遺体を焼却炉から出す。満足気に焼き上がりを確認する。
骨の残骸を一つ一つお箸で持ち上げながら、説明する。
「こちらが大腿骨ですね。こちらが肋骨。こちらが頭蓋骨。」
大きな骨から順番に小さなお壺に入れていく。人間の最終形は小さなお壺に収められるのだ。お箸で取りきれない骨を、専用のハケで集めて、手際良くお壺に入れていく。
「そして、これが喉仏。ほら、座禅を組んでいる仏様みたいでしょう。人間にはみんな仏様が宿っているのですね。」
いつの間にか弟に連れられて戻ってきていた息子が目を丸くして喉仏を見つめる。
本当に綺麗な喉仏だった。
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