デジタルレポート 養殖マダイ2022 ~マーケティング サポーター~
はじめに
魚の養殖において、生産とマーケティングは車の両輪のような存在です。しかしながら、魚病、飼料、養殖技術などの生産関連情報に比べ、日本産養殖魚のマーケティング関連の情報は不足している感が否めません。
日刊水産専門紙「みなと新聞」はこのような問題認識の下、このほど、「デジタルレポート 養殖マダイ2022 ~マーケティング サポーター~」をコンテンツ投稿サイトnoteで刊行しました。
このレポートの特長は、次の通りです。
✔ 生産から貿易まで40種を超えるデータを掲載(エクセルで提供も)
✔ みなと新聞が独自に取材した産地相場を収録(1年間更新あり)
✔ 拡大する輸出(特に冷蔵での米国・アジア)と海外マーケットを解説
✔ 養殖場と消費地市場の動画を収録
さらに詳しい内容は、以下をご覧ください。
冷蔵輸出の実態を取材
このレポートは、マダイの養殖生産、流通・加工、輸出と海外マーケット、政府の政策など、マダイ養殖全般にわたって、みなと新聞の専門記者らが取材した情報、データをまとめたものです。特に、拡大傾向にある輸出(特に冷蔵での米国・アジア輸出)について紙幅を割きました。実際にパン・パシフィック・インターナショナルホールディング(PPIH)グループなど、米国やアジアに冷蔵で養殖マダイを輸出する業者への取材を通じ、貿易統計からだけでは分からない冷蔵マダイ輸出の一端が浮かび上ってきたのは、今回の取材の収穫です。
養殖マダイのメインの輸出先である韓国については、同国のマダイ養殖生産量、2022年から新たに通関コードが追加された「活マダイ」の輸入状況などを現地の水産関係者への取材を織り交ぜなら紹介しています。
さらに、養殖マダイや天然マダイの日本国内生産量、活魚や冷蔵での輸出実績、みなと新聞記者が独自に取材した産地価格(浜値)、東京・豊洲市場の実勢相場など、40種類を超えるデータを収録。その多くはビジネスで使いやすいよう、エクセルファイルでも提供しています。
主なマダイの養殖事業者、加工事業者、養殖マダイの主要ブランド、HACCPや水産エコラベルの取得業者など、具体的な企業名を可能な限り掲載しました。また、大阪市中央卸売市場の活締め作業風景や熊本県内養殖場の出荷風景の動画も収録。みなさまの参考になれば、幸いです。
養殖マダイは人工種苗からの生産が完全に確立され、低魚粉飼料の利用が進むなど、天然資源への負荷軽減という点で優れた特性を持っています。国連の持続可能な開発目標(SDGs)やエシカル消費など、環境面への消費者の関心が地球規模で高まる中、こうしたニーズに対応して売り上げを伸ばせるポテンシャルを持った魚です。低魚粉飼料については、トピックを設けて取り上げます。
レポートには、養殖マダイの販売を支援したいという願いを込め、「マーケティング サポーター」というサブタイトルを付けました。以下に掲載した情報が、養殖業者や関連業者、流通・加工業者、貿易業者はもちろん、こうした方々を支援するシンクタンク、試験研究機関、金融機関、コンサルティングファーム、行政関係者などの参考になれば、幸いです。
取材や資料提供でお世話になっている皆さまには、この場を借りてお礼申し上げます。
それでは早速、日本のマダイ養殖の概況と歴史からみていきましょう。
序章
生産量2位の重要魚種
養殖マダイは海面で養殖する日本の魚の中で、ブリに次ぐ生産量を誇る重要魚種です。
農水省の漁業・養殖業生産統計によると、2021年のマダイの養殖生産量は約6万8900トン。首位であるブリ(10万300トン)の約7割の生産量となっています。
ちなみに2021年の海面養殖魚類生産量の第3位はカンパチ(2万8800トン)。この3魚種で、海面養殖魚類生産量全体(25万4500トン)の78%を占めます。マダイが海面養殖魚類生産量全体に占める割合は27%。
以下、クロマグロ(2万1400トン)、ギンザケ(1万8500トン)が続きます。日本の海面養殖で、生産量が年間1万トンを超える養殖魚はこの5魚種だけです。
マダイ養殖の歴史
2013年度「水産白書」の特集「養殖業の持続的発展」によると、海面魚類養殖の分野では1907(明治40)年、クロダイとマダイの養殖試験が各府県の水産試験場で行われるようになりました。さらに1927(昭和2)年には香川県引田町(現東かがわ市)で、海を仕切った「築堤式養殖施設」と呼ばれる施設において、ハマチ、アジ、サバ、タイ類を養殖したのが、日本における海面魚類養殖の始まりとされています。
昭和30(1955)年代に「施設費が安く簡便に設置できる小割り式生簀(いけす)が開発されたことにより、魚類養殖への参入が容易になりました」。その後、昭和40(1965)年代中ごろから、マダイ、マアジ、シマアジの商業的な養殖が始まった、と同白書では説明しています。
マダイの養殖生産量が大きく伸びていくのは、1970年代に入ってからです。農水省策定の「養殖業成長産業化総合戦略」によると、動物性プランクトンの一種であるワムシを用いた種苗生産技術が開発されたことにより、1970年代に1機関当たり100万尾を超えるマダイ種苗の生産が可能になりました。漁業・養殖業生産統計によると、マダイの養殖生産量は1970年にわずか460トンでしたが、1994年まで一度も前年実績を割ることなく増え続けます。
1972年に初めて1000トンを超えた後、1978年に1万トン、1982年に2万トン、1986年に3万トン、1988年に4万トンを突破。1990年に5万トン台、翌1991年に6万トン台、1993年に7万トン台となりました。
1995年に前年割れを記録するも、1997年に初の8万トン超え。1999年に過去最高の8万7232トンに達しました。
それ以降は増減を繰り返しながら、減少傾向が続きました。2011年3月に起きた東日本大震災・福島第1原発事故の影響で韓国向けの活魚輸出が落ち込む中、2012年の養殖生産量は6万トン割れ。2014年から再び6万トン台に戻り、その後は2021年まで6万トン台で推移しています。
マダイは量産が可能で良質な種苗(養殖用稚魚)の生産技術が確立したことにより、天然種苗に頼らず、人工種苗によってマダイを養殖できるようになり、生産量が飛躍的に増加しました。
1981年に養殖物の生産量が1万7953トンになった時点で、天然物の漁獲量(1万3709トン)を追い抜きました。現在、養殖マダイの生産量は天然物の約4倍に拡大しています。
養殖マダイのマーケットは日本国内が中心ですが、30年以上にわたって輸出も行われています。輸出は韓国向けが中心で、対韓輸出の主な流通形態は活魚です。近年は世界的な和食人気などを背景にして、北米やアジア諸国などにマーケットが広がり、冷蔵(チルド)での輸出が拡大しています。
第1章 生産
1-1 天然マダイの漁獲量
養殖が拡大を始める1970年代まで、マダイの供給はひとえに天然物が担っていました。まずは農水省の漁業・養殖業生産統計に基づき、1956年以降の天然マダイの漁獲量を見ていきましょう。
1956年から1972年まで、天然マダイの漁獲量は総じて2万トンの大台を超えていました。その後増減を繰り返しながら少しずつ減り、1988年に最少の1万2995トンを記録。その後徐々に盛り返し、1992年以降の30年間は1万4000~1万6000トン前後で安定しています。
漁業・養殖業生産統計で都道府県別の漁獲量(属人統計・概数値)をみると、最も多かったのは兵庫県の2200トン、2位が長崎県の2000トン、3位が福岡県の1500トンでした。海区別では瀬戸内海区が最多の6400トンを占め、東シナ海区が4800トンと続きます。
マダイは青森県など日本北部でもまとまった漁獲がありますが、総じて温暖な海域での漁獲量が多いのが特徴です。こうした生態から、日本国内の養殖場も四国、九州など比較的暖かい海域が中心となっています。
ちなみに農水省漁業・養殖業生産統計は、マダイの他、マダイに似たチダイ(カスゴ、ハナダイ)、キダイ(レンコダイ)、色の黒っぽいクロダイ(チヌ)、ヘダイの5魚種をタイ類として集計しています。タイ類5魚種の漁獲量は、年間2万トン台で総じて安定しています。
5種類のタイの中ではマダイの漁獲量が年間1万5000トン前後で最も多いのですが、それでも6万トンを超えるマダイの養殖量には遠く及びません。
ちなみに天然マダイは漁獲量がまとまると、市況が暴落するケースがしばしば見られます。新型コロナウイルス感染症で飲食店やホテル向けの需要が激減した2020年以降だけでなく、その前から、たとえば瀬戸内海、九州などの産地で好漁が続くと、養殖物よりもはるかに安い価格で流通するケースが珍しくありません。
たとえば、天然マダイの水揚げが盛んな徳島県。地元の徳島市中央卸売市場では、新型コロナウイルス感染症が日本で発生する前から、品質的に問題のない天然マダイがキロ400~200円前後に下落する局面もみられました。
天然物が大量に水揚げされて卸売価格が暴落すると、スーパーは扱いを増やします。結果として養殖マダイの売れ行きが鈍ります。養殖マダイの需要が高値で縮小したタイミングで天然マダイの漁獲がまとまると、養殖物の相場を押し下げる一因になります。
ただし、現代は養殖物の方が天然物より品質が安定しているという評価が定着し、「量販店は養殖物と天然物を別物として扱っている」とみなと新聞で長年養殖マダイを取材してきた記者。日本国内で養殖マダイの需要には根強いものがあります。
加工原料にもなる天然マダイ
天然物は卸値が暴落すると、切り身などの原料に仕向けられます。香川や岡山を地盤とする地場スーパーが安くなった天然マダイを買い付けて自社でフィレーや生切り身に加工して販売するケース、水産メーカーが加工原料として調達するケースなどがあります。
日本のマダイ生産量(養殖物+天然物)の推移
養殖物と天然物を合わせた国内生産量のピークは1999年の10万2963トン。養殖物の生産量が過去最高の8万7232トンを記録した年でした。
このころはマダイ供給量に占める養殖物の比率が史上最高の85%前後に達していましたが、近年は8割前後です。養殖生産量が6万トン台に下がったまま回復せず、天然物の漁獲量が1万5000トン前後で安定しているためです。
1-2 養殖マダイの生産量
次に養殖マダイの生産量をみていきます。2014年から2021年までの8年間は、年6万トン台で推移しました。うち、2018年以降は相場高の影響もあって増産傾向をたどり、2021年はここ12年間で最も多い6万8900トン(概数値)まで増加しました。
2022年3月に水産庁が開いた養殖魚需給検討会で示された資料によると、2007年以降の養殖マダイ種苗投入尾数(推定・全国海水養魚協会資料と水産庁調査を基に同庁で作成)は2019年まで、年間4000万尾台で推移していました。
しかし、新型コロナウイルス感染症が日本で拡大した2020〜2021年は、感染防止策の一環で飲食店が営業時間短縮や休業に踏み切った影響もあり、需要減退、それに伴う産地相場下落が発生。種苗投入尾数が3000万尾台に落ち込みました。過去のデータからみても、異例の低水準です。
上記資料で示された直近21年間の種苗投入尾数は、次のグラフの通りです。
養殖マダイの産地は、関東から九州・沖縄まで、日本中にあります。農水省の漁業・養殖業生産統計によれば、海のある都道府県39都府県のうち、2021年は実に23県で養殖生産実績があります。
第1報と呼ばれる速報値で同年のおおまかな養殖生産量をみると、1位は愛媛県の3万7800トン。全国合計の5割強を占めました。2位は熊本県の9800トン、3位は高知県の7300トン、4位は三重県の3900トンと続きます。いかに愛媛県の生産量がずば抜けて多いかが、分かると思います。
同統計で2021年に養殖マダイの生産がある都府県は、千葉、東京、福井、静岡、三重、京都、大阪、兵庫、和歌山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、高知、福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄。
東京都のウェブサイトによると、マダイは1980年から小笠原諸島の父島にある都小笠原水産センターで稚魚の種苗生産が始まり、式根島で養殖が行われています。生産された魚は式根鯛平君(しきねたいへいくん)とネーミングされました。
次に同統計の2020年確報値で、もう少し詳細な養殖生産量をみてみましょう。全国合計6万5973トンです。
1位 愛媛3万8258トン
2位 熊本8835トン
3位 高知5960トン
4位 三重3538トン
5位 長崎2566トン
6位 和歌山1867トン
7位 静岡1248トン
8位 鹿児島1041トン
9位 宮崎1011トン
年間生産量が1000トンを超えたのは、以上です。この上位9県で、全国生産量の98%を占めました。
すでに述べたように国内のマダイの養殖生産量は愛媛県が突出して多く、2020年は全国合計の58%を占めました。同県は1990年以降、約30年にわたって養殖マダイ生産量全国1位の座を保持してきました。過去4年間の生産量は次の通りです。
2018年3万4009トン
2019年3万5350トン
2020年3万8258トン
2021年3万7800トン
同県は天然マダイでも全国有数の漁獲量を誇るため、県は1993年に県の魚にマダイを指定。ブランド魚などをPRしています。
愛媛県の生産の中心は宇和島市など県南西部の宇和海です。波の穏やかなリアス式海岸と温暖な水域に恵まれた自然環境が、マダイ養殖に適しているのです。
宇和島市内には鮮魚問屋・ヨンキュウの「コラーゲン鯛」、鮮魚問屋・秀長水産の「健康真鯛」、養殖業者・タイチの「鯛一郎クン」など、水産業界にその名を知られる有力ブランドの養殖マダイがひしめいています。
マダイ養殖業産出額
農水省は海面漁業、海面養殖業、内水面漁業、内水面養殖業といった分野別に「漁業産出額」を公表しています。海面養殖業の場合、魚類、貝類、海藻類などの区分があり、魚類の場合はマダイ、ブリ類、ギンザケ、フグ類など、さらに細かくデータが分かれています。
海面漁業・養殖業産出額は、同省が都道府県別の魚種別生産量に産地水産物流通調査、主要産地の市場、関係団体などから得られた魚種別の産地卸売価格を掛けて産出額を推計しています。
マダイ養殖業産出額は2016年から2019年の4年間、500億円の大台を超えました。うち、2017年7月から2019年4月にかけては、浜値が高騰。みなと新聞が独自に聞き取った愛媛県産養殖マダイの浜値は、1キロ当たり900円台から1000円台という高水準が22カ月も続き、結果として漁業産出額を押し上げました。
特に2018年は一年を通じて魚価が高値に張り付いたため、産出額が約592億円と、2020年までの10年間で最高を記録しました。2018年の養殖マダイ生産量は約6万トンと、近年では低いレベルでしたが、単価で数量の少なさをカバーした格好です。
1-3 マダイ養殖の特長と流れ
水産大手は極洋のみ生産
大手水産会社がこぞって参入しているブリ養殖と違い、マダイ養殖は比較的規模の小さい経営体が中心です。みなと新聞が大手水産・食品企業(マルハニチロ、日本水産<2022年12月1日付でニッスイに社名変更>、極洋、ニチレイ)にアンケート調査したところ、マダイ養殖を行っているのは極洋のみでした。同社グループのクロシオ水産(高知県大月町)が養殖しており、2022年3月期(2021年4月~2022年3月)の出荷量(ラウンドベース)は…
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