『星屑の森』―AKIRA―(8)
「おねーちゃ、だれ?」
まだ覚えたての言葉で、辿々(たどたど)しく尋ねる女の子。
小さな菜佳が、オリーブの実の様な大きな瞳を私に向けると、
ふっくらとした頬に幾本も涙の筋が見えた。
私は、お姉ちゃんと繋いだ手が解けないように、ゆっくりと屈んで、女の子の目線に近づける。そして、
「菜佳ちゃんのお友達だよ」
と答えた。
「菜佳ちゃんは、どうしてこんな所にいるの?」
私が尋ねると、菜佳は
「……あれ、こわいの」
と言って、小さな小さな指で上の方向を差した。
余程怖いのだろう。
上を指差したまま、そちらを見られずに、菜佳はまた蹲(うずくま)ってしまった。
この黒い霧の中は視界が悪くて、最初はここがどこだか分からなかったが、
段々と景色の輪郭が浮かび上がり、ここが和室だと言うことが分かった。
6畳程の畳の部屋で、床の間には朝顔の絵が描かれた掛け軸が掛かっている。
床には、小さな菜佳が遊んだ積み木が散らばっていて、その近くで細身の女の人が折り曲げた座布団を枕に、うたた寝している。
菜佳の母親とは雰囲気が違うから、もしかしたら、菜佳のお祖母さんなのかもしれない。
菜佳の3つ違いの弟が生まれる時、菜佳は祖父母宅に預けられていたと、言っていたっけ。
菜佳の指差していたのは、和室の天井だった。
木の板が数枚並び、木目が流れるような曲線を描いている。
(もしかして……)
私は心の中で呟いた。
「もしかして、天井の模様が怖い?」
と私が尋ねると、小さな菜佳は、蹲ったまま頷(うなづ)く。
「おに、なのか、みてる」
菜佳は、小さな声でそう言った。
私も小さな頃、柱や壁に現れる模様が怖くて堪(たま)らない時期があった。
それは、今思えば、ただ自然に出来た影や染みや木目やだけれど、
家の中に突然、怖ろしい何かが現れて、夜にトイレに行くことも憚(はばか)られた。
私にはお姉ちゃんがいて、夜中に起こすと一緒にトイレに付いてきてくれ、その後は一緒の布団で眠ってくれた。
お姉ちゃんが頭を撫でてくれたら、私は怖かったことなど、忘れられたんだ。
でも、菜佳は、その怖ろしさを誰にも癒やしてもらえなかったのかもしれない。
癒やされなかった「怖さ」は、忘れたつもりになっていても、心の底に置き忘れられているのかもしれない。
(つづく)
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